音楽好きの世迷い言
The melody at night, with you
最近聴いている音楽 vol.79 ~神が降りてきた演奏~
2018-06-24-Sun  CATEGORY: 雑多な話題
神が降りてくる、などと簡単に使ってはいけないのかもしれない。


解釈・再現芸術であるクラシックでは、譜面の創造主である作曲者と、その解釈と再現者である演奏者、そして演奏会においてはそれらを目撃する観客が居て音楽が成立するわけだが、これまで「神が降りてくる」ような演奏にはお目にかかったことがなかった。


「神がかった」演奏なら幾つかある。例えば、有名なロマノフスキのブゾーニ・コンクールのガラ・コンサートライヴ。あの冒頭のバッハ=ブゾーニのコラールは神がかってるとしか思えない(まぁあのアルバム全体が神がかっているが)。「神が降りてくる」とのニュアンスの(私なりの)違いは、演奏者にそれだけに相応しい実力や底力が備わっている、という感じだろうか。


その意味で私は、「神が降りてくる」演奏を、演奏者が己の実力(特に、純粋にメカニカル面でのテクニック)を遥かに超えて、作曲者・観客との声無き対話の中で崇高で感動的な演奏を行うこと、と定義したい。ロックやジャズなら「ヘタウマ」がある程度許容されるジャンルであるので、ライヴの熱っぽさやその他の要因でそのような奇跡が起きるのも珍しいことではない。

例えばジミヘンのライヴは、現代のギタリストのレベルからするとフィンガリングやピッキングの面でかなり正確さに欠けるのは否めない(それが彼独特の味のあるグルーヴに繋がっており、「巧い」ことは勿論わかっているのだが今したいのはその話ではない)。けれども、彼のライヴではしょっちゅう神が降りて来ているような気が私にはする。マイルスも、指があんまり回らないペッターであることは明らかだが、よく言われるように彼はミストーンすら美しいし、もはや言語化できない宗教的なまでのカリスマ感が時折演奏に漂っている(それが彼の超人的な実力なのだ、と言われればそれまでなのだが)。あるいはレディオヘッドのトム・ヨークのCreepの弾き語りライヴ。神は努力する者に微笑むらしく、学生時代何度も足を運んだライヴハウスでも、アマチュアのロックバンドの演奏にも何度か神が降りてくることがあった。恥ずかしながら私自身にも、能力を超えたギターソロを弾けたことがあって(残念ながらスタジオでのリハーサルでだったが)、その「最高到達点」を運よく録音していたのは幸運だった。


前置きが長くなったが、クラシックの話である。他のジャンルよりも技術が多くを占めるこの音楽の中で、「神がかっている」演奏はあり得ても、「神が降りてくる」演奏はないのではないかと思っていた。今回ご紹介するのは、私が遭遇した、その意味で稀な演奏である。


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小林愛実、ショパンコンクール2015のライヴである。これについては当時感想を書いていて、その時すでに「神が降りてくる」演奏と評していた。けれどもyoutubeの動画であるし、何度も繰り返し聴いたわけではないので確定的な評価を下していたわけではなかった。いつかCDをきちんと入手して聴き込もうと思っていたが、この度ようやくユニオンでget。

映像なしで何度も聴くと、テクニックの粗が気になる。冒頭のノクターンはまだしも、エチュード10-4、25-5はかなりキツい。明らかなミスというよりは、音が鳴りきっていないところや、拍が飛ぶようなリズム感の悪さ、和音連打でスムーズでないところが散見される。バラード1番も重音部分のぎこちなさが気になる。youtubeで見たソナタ第2番の第1・2楽章も同様である。彼女が技巧派ではなく、音楽性で聴かせるタイプなのだろうとここまでの演奏で理解しているのだが、弾き損じは少な目なものの音が幾分ひ弱で、テクニック面では他の出場者(例えばR-アムランやチョ・ソンジン)に比べてかなり見劣りする感が否めない。ところが、である。

以前書いたように、第3楽章は出だしから何かそれまでとは違った雰囲気が漂っている。コンクールの張り詰めた緊張感と、教会での祈りにも似た静謐さの、ちょうど境目のような感じだ。そこで彼女は何かにとり憑かれたかのように弾き進める。スポーツのアスリートで言うなら「ゾーン」に入ったという感じだろうか。技術的には前の2楽章より困難はなく、音楽性に秀でる彼女向きの楽章だろうとは思うのだが、些かの迷いもなく演奏は進んでいく。ついでに言うならオーディエンスノイズも大きなものは一カ所を除いてほぼ皆無だ(観ている者にも何かが起きるという予感があったのだろうか)。

そして再現部、5:30辺りを過ぎた頃からそれは起き始める。6:30、神が降りている。ここでの彼女の凛としたピアノの音色は、美しいとか儚いとか切ないとかそういった形容詞がもはやあてられないほどに心に響く。録音も素晴らしい(この回のショパコンは総じて録音が良い)。是非、実際のピアノの音量位の大ヴォリュームで「降臨」を目の当たりにして頂きたい。ちなみに私が常々主張している「第3楽章は8分台前半~半ばが理想」説だが、この演奏は弾き終わりが8:18位である。この演奏を聴くと、速いとか遅いとかそういった要求が一切頭をよぎらないので、その意味でもまた自説を支持したくなる(勿論、個人的な好みだが)。

アルバム全体としては、個人的に△の評価になってしまう。けれどもこのソナタ2番第3楽章の演奏は、「神が降りてきた」と言いたくなるような、何か超然とした魅力がある。小さい頃から天才少女と注目され、様々なプレッシャーがあったであろうことは想像に難くない。天才と言えども人知れず数えきれない努力を重ねたことだろう。この演奏は、ショパンコンクールという大舞台にまで昇りつめたそんな彼女への、神様からのご褒美だったのかもしれない。コンクールの結果はどうであれ、私の知る100種の中で第3楽章に関してはこの演奏が理想を超える最高のもののひとつである。
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