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The melody at night, with you

音楽好きの世迷い言

キット・アームストロング/バッハ「ゴルトベルク変奏曲」とその先人たち

巷で話題のキット・アームストロング(Kit Armstrong)によるバッハのゴルトベルク変奏曲ほかである。

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ネット上の様々なところで絶賛されており、(たまに良いレビューを書かれる方が現れる)Amazonでも高評価だったので気になっていた。年末ということもあり財布の紐が緩んだ勢いでBlu-ray Disc盤を買ってみた。ユニオンで中古が4500円だから、なんともまあ高い(普段ならおそらく買わない)。

2016年3月、アムステルダムのコンセルトヘボウでのコンサートライヴである。後半のゴルトベルクの前にByrdやSweelinck、Bullなどのバロックの作曲家の作品が収録されている。いつも通り、詳しくないのでこれらの演奏については特にコメントしない。


ゴルトベルクは不思議と楽譜を見ながら聴きたくなる曲なので、今回も眺めつつ聴いた(9年前にイム・ドンヒョクの演奏もやはり見ながら聴いていた。だからと言って何か音楽的な分析が私に出来るわけではないが)。以下はスマホ片手にメモした感想である(便所の落書きレベルなので期待されません様)。

アリア:繰り返す。
第1変奏:かなりノロい。
第2変奏:子どもたちが次々と顔を出すように、しかし底抜けに陽気というわけではない。
第3変奏:メチャクチャ遅い、沈滞、そろそろと。
第4変奏:チャーミングな演奏だがやはり抑制されている。慈しみとも優しさとも違う。
第5変奏:両手交差で初めて明らかなミスをする。タッチは相変わらず抑制されている。
第6変奏:間を置かずにやや力強く。やや崩壊気味の危ういところも?
第7変奏:本人は笑顔で、飛び跳ねるように弾く。右手の32分が軽やか。右手と左手の対話というより、それぞれの自由なお遊戯をみているかのよう。しかし、園児が演じているのは完成された現代劇。
第8変奏:律儀。
第9変奏:美しいカノン。
第10変奏:フゲッタ。格調高い。
第11変奏:この辺りからスイッチが入ったのか勢いがわずかに出てくる。しかしアルペジオは丁寧。終わる頃には元の抑制された知性。
第12変奏:やや引きずるようなカノン。
第13変奏:やや間を入れておごそかに開始。流石にかったるい。どこまでもリピートして天国的に長い。終わるかと思うが繰り返す。後半は前打音の処理が独特。
第14変奏:弱音で始め、軽やかというよりはサラサラ。後半の32分は今まででいちばん力強く。
第15変奏:実に難解。数学的なカノン。複数の声部が全て等しく主張してくる。
第16変奏:オーバーチュア。流石に力強く、威厳をもって堂々と。32分の下降が鮮やか。後半はどこかグールド的。トリルの決まり具合がスゴい。最後ほんのわずかにミス。
第17変奏:やや間を開けてそろそろと。左手も等しく主張。弱音が美しい。
第18変奏:間を開けずに、分かりやすいカノン。貴族の子どもが乗馬の訓練。
第19変奏:乗馬の練習が続く。
第20変奏:疲れた子どもは野原で子馬とじゃれあい、時にかけっこ。後半の左手の精妙さ。タッチがスゴ過ぎる。くぐもったような、それでいて芯のある音色。
第21変奏:哀しみの旋律も引き締まった力強さをもって、前を向こうと優しく諭されているような、しかしそれは大人ではなく、健気な子どもが静かに哀しみをたたえつつ。
第22変奏:哀しみを乗り越えた先の長い重音トリル。決して彼は調子には乗らない。
第23変奏:鮮やかなタッチ。精密な音の置き方がスゴい。スケールの上下動は素晴らしく鮮やか。両手交差も余裕(右手を凝視)。
第24変奏:しなやかな力強さのあるカノン。後半、どの子どもたちも等しく主張。
第25変奏:苦手。出だしは憂鬱だが途中からそれほど重くなく、くどくなく展開。これも長い。
第26変奏:そろそろと気持ち良さそうに、わずかに笑顔を浮かべて。後半の左手も気品がある。どうしてこんなにも透明に和音が響くのか。
第27変奏:アタッカで芯のある力強さをもって、トリルも丁寧。見せ付けるような感じが全くない。
第28変奏:後半だというのに定規で測ったかのように均一なトリル、丁寧な音、疲れを知らない彼の技巧のポテンシャルが最高度に表れる。
第29変奏:和音がややモタるがこれは解釈の模様。途中ほんの少しミス。後半の表情付けがスゴい。
第30変奏:大きく間を開けて、静かに、前奏の力強さはなく、飄々とテンポ良く、徐々に力強く。けれど思い入れが全くないのとは違う、なんというか新しい表現。
アリア:感動的。

日本最高のクラシック系サイト、Classical CD Information & Reviewsの加藤さんがこの盤について、それ以上付け加えることのない感想を書かれているので、私なんぞの落書きよりもそちらをご覧頂きたいが、私なりに手短かに述べると、タッチが極めてコントロールされており、どこまでも知性的としか言い様の無い表現に満ちている。似ているピアニストが思い当たらないのでクレーム覚悟で無理矢理喩えると、ムストネン4割+グレイルザンマー3割+シュフ2割+ポゴレリチ1割というところだろうか。しかし書いた直後に全然違う気もしてきた。


とにかく抑制された知性、賢者のごとき音楽表現なのである。それでいて、子どものような純真無垢さと、虚飾の無い透明な音色でもって我々に静かな感動を届ける。グールドやランゲル、デルシャビナ、ベッカー、ディナースタイン等私の好きな聴き慣れたどの演奏とも違う。聴く者にとって好みの解釈かどうかに関わらず(実際演奏の出だしを聴いた時は私の好みではないと感じた)、自在な演奏でありながらあたかも普遍的な美しさに聴こえてしまう術というものを彼は知っているかのような演奏表現なのだ。その上で演奏を通して彼の誠実な人柄が見えるようですらある。

今ゴルトベルクを弾かせて、このように慣習に囚われず独自の自由自在な表現を行い、しかもそれが逆説的に普遍的な類いの美しさと感動をもたらすような演奏ができるピアニストが、私には他に思い当たらない。強いて言えば、グレイルザンマーかH・シュフくらいではないかと思う。技巧的なことでいうと、B・グロヴナーのほうがテクニシャンかもしれないが、音楽的な表現というか知性という観点での垂直方向の深さは比較にならない。ただし、これは私の一方的な印象もあるので、人によってはこの演奏が「こねくり回し」と感じる人もいるだろう。ゴルトベルク自体で比較すると、タッチの軽やかさ・鮮やかさはデルシャヴィナ盤を上回り、ランゲル以上に自在な表現で、音色のまろやかさはディナースタイン級と言える。と言うと派手な演奏に聴こえるかもしれないが、抑制されたタッチと解釈に底知れない知性を感じるのだ。


こんなことを書くのは私自身どうかと思うが、そしてまたこの1枚だけで判断するのは早計だが、疑うこと無き天才としか言えない。ブレンデルが今まで出会った最高の才能と評したそうだが、それも頷ける。今までに私が聴いた事のないタイプなので、大変戸惑っている。Amazonなどの商品紹介には「数学の博士号を取り、」と書かれていたので、慌ててMathSciNetで論文を検索したが出て来なかった。本人のページを見たらMasterと書かれていたので、修士だろう。業者の皆さんは訂正したほうがよいのではないか。数学オリンピックにも出場したというクリッヒェルもそうだが、ピアニストはやはり理系だ。


・・・コンセルトヘボウの観客、そしてこの演奏を視聴したリスナーのおそらく全員が、最後のアリアの途中でここだけ「繰り返さない」ことに気付く。その瞬間、この25歳の天才の演奏との別れが近付いていることを悟り、寂しく切ないまでの感情を胸に抱くのだ。映像付きということもあるが、彼の演奏に深い感銘を受けた。年末年始は彼を深く聴き込んでみようと思う。

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