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The melody at night, with you

音楽好きの世迷い言

最近聴いている音楽 vol.54〜Lucas Debargueのメジャーデビュー盤〜

今日は大学院時代の指導教官に会ってきた。


再び研究の世界でお世話になる可能性があることの報告と、先生に十数年前しっかりとご指導頂いたお陰で再就職出来たことのお礼をしてきた。勿論、詰まらない手土産を持参した。自分で言うのもなんだが私は義理堅いのだ。5年ぶりにお会いしたが元気そうで何よりだった。先生は非常に真面目で丁寧な方なのだが、やはり研究者、ゼミでは非常に厳しく、研究室に入るときは当時を思い出して胃が痛くなった(余談だが先生はその昔、タモリの『トリビアの泉』で「封筒に何枚一万円札が入るか科学的に解説して欲しい」というアホな取材を申し込まれ、即座に断っている)。


そんなわけで、勤務先に向かう車内で聴いていた盤がこちら。


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若手フランス人ピアニスト、リュカ・ドゥバルグのSONYからのデビュー盤だ。彼は2015年のチャイコフスキー・コンクールで第4位に入賞し、一躍世界の注目を浴びた(らしい)のだが、その経歴がスゴい。11歳でピアノを始め(私より遥かに遅い)、15歳でピアノの勉強をやめ、17歳から20歳まではピアノにすら触れず、正式なピアノの教育を受けたのは20歳から。チャイコンで入賞したのはそのわずか4年後という、どう考えても常人ではない驚くべき才能の持ち主である(まあルガンスキーも8歳でベートーヴェンのピアノソナタ全曲を暗譜で演奏したというから、歴史に名を残すピアニストは概してこのレベルの天才なのだろうけれど)。

残念ながらチャイコン時の演奏は全く知らず、去年の3月に出たこの盤にも乗り遅れてしまった感は否めないのだが、1回聴いただけで簡単に感想を書いてみる。曲はスカルラッティのソナタ4曲、ショパンのバラード4番、リストのメフィストワルツ第1番、ラヴェルの夜のガスパール、グリーグのメロディOp.47/3、シューベルトの楽興の時第3番、それにスカルラッティ/ドゥベルグ編のK208に基づく変奏曲と、比較的大通りをゆく選曲だ。録音は2015年11月20-22日のライヴ録音とある。複数日程なので、きっと編集はされているのだろう。


スカルラッティの最初の3曲は聴いたことがなかった。一聴して、いかにもフランスのピアニストらしい、明晰で澄み切ったやや線の細い、しかし芯の強さを感じるようなタッチ。K141は私の好きなグレイルザンマーも演奏している曲で技巧の比較が出来るが、この曲に関しては彼よりもテクが1段半は上。特に同音連打がお得意なようだ。


ショパンのバラード4番。12分を超える演奏だがロマン的に傾き過ぎないのは、やはり明晰でサラサラした音色のせいか。また、音価を伸ばすところと短く切るところの解釈が私と全く合わず残念な感じ。それでもライヴでこの技巧は相当なものだ。ストレッタの例の和音連打もなかなかの迫力。それでも好みとはとても言えない。


メフィスト1番はさらに残念な感じのミスマッチ。技巧は十分過ぎるものの彼の演奏はなんというか思い入れがあまり感じられないタイプ(それでいて情感を込めていないわけではないというなんとも形容し難い演奏)。跳躍部分はその前からかなりテンポを落とすのもガッカリを増幅させる。


けれどもこのサクサクサラサラ感は『夜のガスパール』ではかなり面白かろう、と思ったら果たしてその通りだった。バルトとか(同曲の録音は残していないが)デミジェンコなどの霧がかったタッチとは対極にある明晰な打鍵で、構造物の骨組みまで見通せるように緻密に弾きあげており(ムストネンほどではないが)、ある意味爽快。オンディーヌはどこかロルティのようだが、あそこまでみずみずしくなく、どちらかと言えば乾いた繊細さで、細部まで練ってある神経質なところはポゴレリチなのだが、どこか健康的な印象を与えるのはティボーデのようでもある(矛盾している表現のようだがそうなのです)。絞首台もシュフの名演ほどでないが音の響きで聴かせる。スカルボは10分超えでどうかなと思ったが、主部に入るところのトリルがやたら長かったり、終わり前の低音ウネウネでためまくったりで時間がかかっているため、技巧のキレは変わらず(ちなみにこの曲の終わりには拍手が入っているので実際には10分切るくらいである)。ライヴでこの出来ということを考えるとグロヴナーやティエンポ並みのテクニシャンなのかもしれない(ソニーは分かりやすいテクニシャンが好きだなぁ)。ただし、やはり私とはどこか感じる部分が違う気はする。チャイコンでも弾いたというメインの曲でようやく本領が見えた感じだ。

アンコール的なグリーグはやっぱり頂けない。音色の変化が少ないのが曲に合っておらず、心に響いてこない。有名なシューベルトのアレも特に面白さがあるわけでなく、同様にイマイチ(これを弾かれて観客は戸惑ったのではないか)。最後のスカルラッティは編曲が良いのかどうか分からないが短く静かに奏でられてアルバムは幕を閉じる。

全体として、これまでのフランス人ピアニストと同じような印象ではあるが、テクニックの完成度は非常に高い。無理矢理喩えるのなら、サッパリ薄味に改宗したポゴレリチと、エンジニアに生まれ変わったデュシャーブルを足して2.1で割った感じだろうか。残念ながら私との波長はいまひとつ合わなかったが、この1枚で見捨てるには惜しい感じ。

それにしても、スカルラッティは先日紹介したグレイルザンマーが大のお気に入りなのだが、同じ曲を演奏してどうしてここまで演奏が違うのだろうか。本当にクラシックは面白い。そして何度聴いてもやはりGreilsammerは凄い。彼の奏でる音楽の持つ引力が他とはまるで違う。その意味でグールドのようだ。


話が逸れたが、ともあれ彼は技巧が優れ、面白いピアニストであるのは確か。2枚目は選曲次第で聴いてみてもいいかな・・・というところ。また、彼はジャズも演奏するそうだが、そちらのほうが案外面白そうかもしれない(是非カプースチンのソナタ第2番を)。
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