音楽好きの世迷い言
The melody at night, with you
ブロンフマン&ラトルBPOのラフマニノフ・ピアノ協奏曲第3番Blu-ray Disc
2017-01-09-Mon  CATEGORY: ラフマニノフ・ピアノ協奏曲第3番聴き比べ
今からちょうど12年前のこの日、2005年1月9日の夜、あなたは何をしていたか覚えているだろうか。




私は覚えている。鮮明に覚えている。




その日は日曜日だった。何を隠そう、NHK教育でブロンフマン&ゲルギエフVPOによる伝説のラフ3サントリーホールライヴ11/21が初放映された日なのだ。


修士論文の提出を控えていた私は、指導教官である教授がすべてを書いてくれた創案を基に毎日必死にタイプ打ちをしていた。お陰で書き上がった論文は大変立派な出来であった(皆さん薄々お気付きのように−−−−−−−私はあまり頭がよくないのだ)。日曜ということもあって、当時交際していた女性を一人暮らしの家に呼び、「今日は絶対に外せない番組があるんだ」とTVの前に陣取った。ラフ3マニアを志して数年が経っていた私は、アルバイト代のすべてをレコードにつぎ込んでいた。よく暮らせていたと自分でも思う。


果たして、当時すでに年代物になっていたブラウン管の中でブロンフマンは驚愕の演奏を繰り広げ始めた。2ヶ月半前、北オセチアで起きたテロで身を焦がしたであろうゲルギエフは年齢よりも相当老けて見える。ウィーンフィルの音色は期待通りに素晴らしく、展開部の鬼気迫るブロンフマンの打鍵を聴いて今夜は凄いことになりそうだと確信した。




その時、携帯電話が鳴った。




近所に住む大学院の友人(正確にはその恋人から)だった。「彼が胃腸炎になったみたいで、ひどく苦しんでいるんだけど、どうしたらよいかしら」という戸惑いの電話だった。続いて息も絶え絶えの友人が電話に出て「薬を買って来てくれないか」と懇願された。何もこんな時に腹痛を起こさなくてもいいだろうに、と私は恨めしく思いながら、胃腸薬を買ってそちらに行く、と告げて電話を切った(私はバイクを持っていたのだ)。


顔を上げてふとTVを見ると、ブロンフマンの演奏はカデンツァに突入していた。サントリーホールに響き渡る轟音。私は画面に釘付けになった。観客全員が固唾を飲んで見守っているのがわかる。NHKの巧妙なカメラワークで映し出される和音部分の激甚なまでの迫力で雷に打たれたようになった私は、ただただ呆然と口を開けて立ち尽くし、気が付くといつの間にか涙を流していた。やれやれ、この途中で出掛けなきゃ行けないのかと思いつつ、彼女を家に残して愛車のCB400SSに乗って開いてる薬局を探しに出かけた。



胃腸薬を買って友人のアパートに着くと、私の奮闘もむなしく友人は救急車で運ばれるところであった。



俺の感動を返せ



と不謹慎なことを半ば本気で思いつつ、私は帰宅した(友人は腸炎を起こしていたが無事に回復した。胃腸薬は自分で使った)。



・・・それから12年、つい最近その時の友人から久々に連絡があった。年上の女性と結婚するとのことだった。ちなみに彼は、当時の彼女と同棲を始めてしばらくして、浮気を疑われるという些細なケンカをした後に、仕事から帰ると家財道具と一緒に彼女が消えてアパートがもぬけの殻だったという、なかなか凄まじい体験をしている男である(さらに余談だが私も当時の女性にフラれた。全く音楽を解さない女性だったので無理からぬことだったのかもしれない)。


ブロンフマンの04/11/21はビデオで録画していたので、それこそテープがすり切れるまで観た。観まくって音が途切れるまでテープが劣化し、途方に暮れた私はネットでこの演奏のことを書いている方に手当たり次第「DVDに焼いて送って頂けないか」とメールを送るという厚顔無恥の所業に出たが、なんとこの世の中に神様は居るもので、どこの馬の骨ともわからない私へ本当にDVDを贈って下さった方がいた。しかも、御礼を頑なに拒否されるという素晴らしい人格者だった。


その時以来、その方の恩に感謝し、こんな拙いブログに来て下さる読者の方に恩送りをしようと決めた(だからお年玉なんてことをやっているのです。一応言っておくと、ごくたまーに「お友達になりませんか。音源交換しましょう」という脂ぎったメールが届くのですが、すべて無視しておりますのであしからず)。



さて、話の枕が長くなってしまったが、そんな個人的な思い入れのあるブロンフマンの演奏なのでどうかお許し頂きたい。



ヤーフィム(以前はイェフィムとも)・ブロンフマン&サイモン・ラトル&ベルリンフィルハーモニーによる2009年のライヴのBlu-rayである。



以前書いた通り、最初に出たDVDは赤ん坊の泣き声が思い切り入っているという欠陥商品だった。ところが、今回たまたまAmazonを回遊して「あの欠陥DVDにはどんなレビューが書かれているかな」と見てみたところ、「Blu-rayでは鳴き声が軽減されている」というにわかには信じ難い一文が書かれていた。ブロンフマンのラフ3に思い入れのある私は、ワラにもすがる思いでこれに飛び付いた。



驚くべきことに、泣き声は確かに軽減されていたのだ!




かなりの音量でTVで流したときは全く気が付かなかった。DVDは頭に来て速攻でヤフオクに売ったので手元になく、どこの箇所かもよく覚えていなかったのだが、とにかく気付かなかった。いつも通り音声のみを録音してイヤホンでじっくり聴いた時に「ああ、やっぱり聴こえるな」と思ったが、ガッカリするほどではなかった。該当の泣き声の箇所は第1楽章の長いカデンツァの終わり辺りからで、ちょうど静かになるところからであるので、やはり目立つと言えば目立つ。しかし、どう編集したのか見当もつかないが、確かにイヤホンでも許容範囲と言えるほどに泣き声は小さくなっているように感じる。アマゾンでレビューを書いてくれた方に深く感謝したい。

※17/1/11追記※
カデンツァ前半の低音部分の中程で、鳥の鳴き声とも子どもの叫び声ともつかないやや大きなノイズが入る。

それにしても・・・クラシックが生活に根付いているヨーロッパだからということもあろうが、野外のドでかいすり鉢状のスタジアムのような会場でクラシックをやるというのは、見ていて驚かざるを得ない。みんな演奏中にゴロ寝したり飲み物を飲んだり、思い思いのかっこうで音楽を楽しんでいる。日本からすると考えられない光景だ。そのせいか、オケも若干緊張感に欠けた演奏になっている気がする。特に、ちょうどブロンフマンの後方のヴァイオリンの女性は泣き声に気付いた辺りから時折ニヤつきながら周囲に目配せをしているのが何度も映り、イライラすることこの上ない(美人だがステージ上でそんな所作では台無しだ)。おまけに、シリアスな演奏の途中で寝そべっている観客を映すという未曾有のカメラワークにより、こちらの感激もそがれてしまう。ライヴは演奏者と観客が共に作りあげるもの、との思いを強くした。


演奏に関してだが、ラトルとブロンフマンの解釈に差が見られるような気がする。ラトルはテンポ遅めに歌わせたいのだろうが、ブロンフマンは2004年の名演同様グイグイ突き進みたいようだ。その2人の折衷になっているのでテンポは概して遅くなっている。演奏時間は17:02、10:45、16:21で、勿論終楽章は長い長い拍手と何度も何度もカーテンコールがあるので実際には13分20秒くらいとかなりの速さだ。ブロンフマンは完全にこの曲を手中にしており、手慣れている感があるのだが緊張感を失わないのが凄い。2004年ではミスをした両手交差部分も完璧。展開部はややモッサリしていて以前の突進するブルドーザーのような迫力は薄いのが残念だが、それでも水準以上ではある。全体的にピアノは濃いめの味付けになっており、所々「エッ、、そんなスイスイ次行くの?」と思うところもある。やはり2004年にはかなわない。それでも第2楽章の叙情的な語り口など、大変に素晴らしい。ベルリンフィルだが、弦の大木の太い幹のようなドッシリとした音色は文句の付けようがないが、管楽器、特にホルンの音色がいまひとつ(これはマーラーの9番の録音でも感じた)。前回書いたヴォロドスと比べると、あちらがリファレンスとなる演奏なら、このブロンフマンBDは勢いやダイナミズムというもので勝っており、私にはより魅力的に感じる(ヴォロドスに比してブロンフマンはタッチの音ギレの悪いところがあるのだが、コンチェルトではそれが逆に良い方に作用しているように思う)。


ともあれ、BronfmanにRattle&BPOという、考えうる最強のメンバーによる演奏だが、2004年の名演にはかなわないとは言え、私の手持ちのラフ3の中で最上級の録音のひとつと呼べるのは間違いない。よって、ブルーレイは☆☆☆☆に格上げさせて頂く。映像は観ずに(笑)、音声だけ楽しまれると良いと思う。



これをお読みのNHK関係者の方がいたら、是非とも2004年11月21日のサントリーホールライヴをBlu-ray化して頂くよう切にお願いする。

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