音楽好きの世迷い言
The melody at night, with you
益田正洋『Bach on Guitar』
2015-01-18-Sun  CATEGORY: 音盤紹介
本日は久々にギターによるアルバムをご紹介。日本人ギタリスト益田正洋によるバッハ作品集です。

masuda

収録曲はプレリュードとフーガ、アレグロBWV998、組曲ホ長調BWV1006a(原曲は無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番BWV1006)、ソナタ第1番BWV1001、そして無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番1004よりシャコンヌとなっています。

一時期、ギターによるシャコンヌにハマって色々集めていたことがありまして、今回レコード屋で久々にギター版シャコンヌのCDを見かけて思わず買い求めたものです。

全く知らないギタリストでしたし、何気なく手にとったので正直ほとんど期待せずに聴いたのですが、これが大当たり、いやそれどころか無人島行きのCD用スーツケースの中に選ばれそうな1枚となりました。

ギターを弾く私にとって、(いつか詳しく書きたいのですが)バッハ作品をギターで奏するときに求めるものは、まず第一に「音色の均一性」です。例えばクラシックのギタリストで思い浮かべると、福田進一氏によるバッハのシャコンヌは、ブリッジ寄りのピッキングなどを活かしてcrispyな音を多用するなど、ヴァイオリンでの表現を念頭に置いているのか極めて多彩な音色を奏でていますが、私の個人的な趣味はどちらかと言えば音色の粒を揃えるピアノでの表現に近いほうが好みで、音もボディの鳴りを活かしたふくよかな弦の音色が理想です。

これはジャズギターを聴く(弾く)際も同じで、ウェス・モンゴメリーは私のHeroの1人ではありますが、親指の爪によるピッキングは非常に豊かな音色をかもし出すものの、その音色の種類の多さが落ち着かなく感じてしまうのです。ギターだと、(結構高価ですが)べっ甲製のピックで弾くと親指の爪で弾いたような音色をかなりの具合で再現することが出来、音色も均一にできます(ブルース系のギタリストはよく使いますが、ロックやジャズの人はあまりべっ甲製は使わないですね)。まあほとんどのジャズリスナーは私の好みとは逆でしょうが。

さて、脱線してしまいましたが、最初のプレリュードとフーガ、アレグロから聴き始めると、まさに私の好みとする均一で安定したピッキングにより弾き進められています。そのためデュナーミクの幅が小さく感じられるのですが、淡々と弾かれているようでいて和音のバランスの細部にいたるまで神経を込めて弾かれており、美しく繊細に弦が響いています。

益田氏の演奏の方向性として、声高に自分を主張してロマンティックに弾き上げるのではなく、自分の演奏表現を通してではあっても、あくまでバッハの曲そのものに語らせたいとしているかのようです。喩えるなら、日々の祈りを捧げている修道士の厳かな信仰のような、誠実で生真面目で禁欲的な解釈に感じます。聴く人によってはダイナミックレンジが狭く、スケール感に欠けて地味だというかもしれません。しかし、これは名演です。プレリュードの、道端に小さく咲いた花のようにさりげない美しさ、フーガでの低音弦の絶妙な音量と声部のバランス。ここでも先ほど述べた音色の均一性が光ります。終わりの和音の切ない響かせ方、そんな何気ない箇所にむしろ私は耳と心を奪われてしまいます。打って変わってアレグロは力強く曲を締めくくっており、非常にメリハリが効いています。

続くパルティータ第3番の組曲は、わかりやすくとっつきやすい曲調で、弾き方によってはありきたりになったり個性に走って逆にダサダサになってしまうところですが、ここでもかぶりの大きいアゴーギクを行うことなく、インテンポを保ち明晰で深みのある音色で弾かれています。プレリュードで左手の大きなポジションチェンジのときに少しタメが入るのが惜しいですが、ロンド風ガヴォットの心地よくはじけたリズムには、ヴァイオリンやピアノには無いギターの特性を活かした表現が聴けて、ギターを愛する人間にはたまらない愉悦感を与えてくれます。2度目の主題の繰り返しでは先ほど述べたcrispyな音色をさりげなく用いたり、弾き終わりにごく小さなトリルを織り交ぜたり、自己主張の強すぎないそのさじ加減が素晴らしい。

次のソナタ第1番、こちらはヴァイオリンで名演が数多いためそちらと比較してしまうのですが、これもギターという楽器を活かした演奏になっていると思います。すなわち、トレモロ奏法以外では(サステインペダルのあるピアノよりも早く)音が減衰してしまうギターの特徴を解釈の基礎として、音の減衰に合わせたテンポやデュナーミクの設定になっているのではないでしょうか。それに真っ向から立ち向かうギタリストもいますが、ギターであることをわきまえたとも言えるこんなに素直な解釈で素晴らしい演奏が出来るのだと、バッハの作品の懐の深さに、そして益田氏の演奏能力の高さに驚かされます。それでも、ヴァイオリンの演奏の刷り込みが強いだけに、このアルバムの中では若干印象が薄いほうかもしれません。

トリを飾るシャコンヌ。この曲は私も弾こうとして第1部の中程までは録音もしたことがあり(今聴くと笑ってしまうような演奏ですが)、容易には満足することが出来ず色々聴きました。今、演奏内容を詳細に比較したギター版シャコンヌの聴き比べを数年がかりで?執筆中なのですが(下書きしてるのがカテゴリに表示されちゃってます笑)、手持ちの数十種類の中でもこれは今のところベストを争う出来です。

解釈の基本は先ほどから述べているギターであることを自覚した演奏表現なのですが、やはり音色の磨き方が尋常でない。それとなく弾かれていながら実は途方もなく精魂を注がれている、といういぶし銀の演奏です。譜面を起こしながら細かく聴きこんだわけではありませんが、冒頭12小節目最後の和音は、こんなにさりげなく柔らかく弾く解釈は私には思い付きもしませんでしたし、それにより変奏をマクロで見渡したときにこんなにも自然に美しく響いていくとは想像だにしませんでした。このような、奇をてらったわけでない弾き手のぬくもりというか優しさに触れられる箇所がほかにいくつもあります。

技巧面ではお決まりの32分音符の急速部分も、どうしても比較してしまう人間を超えた山下盤3種にはとても及びませんが、他のギタリストと比べて水準以上で健闘している部類でしょう(どうやらプリングオフを巧く駆使してスピードを稼いでいる?)。長大なアルペジオが続く例の有名な部分は、益田氏の師事した福田氏と同じアルペジオの譜割りになっており、途中で山なりのアルペジオの形を変え、さらに同箇所の最後の部分はジョン・ウィリアムスが弾いたように6連符にして弾かれています。この部分は福田氏そっくりの編曲なので、ひょっとしたら師の演奏を参考にしたのかもしれません。こうするとリズムのつながりが変わってしまうのであまり私は好きではなく、山下版のように4音をモチーフとして弾ききって欲しいのですが、益田氏の演奏は曲を通して一貫したテンポ感があるのでそこまで不自然に感じません。ちなみにこの箇所は師である福田氏の演奏の方がキレと安定感があります。後は…長くなるのでギター版シャコンヌ聴き比べの機会に(笑)

録音も、明晰で粒立ちの良いギターの音色が捉えられており、残響で色が付いてしまっているのが残念ですが(クラシックギターの録音はサステインを稼ぐために残響をやたら多く取るきらいがあり、私は好きではない)、それでも許容範囲。ヴォリュームを上げるとサーというノイズが聴こえるなどオーディオ的クオリティはそんなに高くないのかもしれませんが、ギターを録音した他盤と比較しても優秀な部類でしょう(私の理想はギターの多重録音でゴルトベルクを弾いたカード・ラダーマーのほぼ残響ゼロの音色です。この盤はバッハの無伴奏ヴァイオリンの聴き比べ等で有名な素晴らしいサイトCD試聴記でも好録音と書かれています。ちなみにこのアルバムも無人島行きスーツケースに真っ先に入ります)。

というわけで、いつもショパンのソナタを短く要約してそっけなく感想を書いている私が珍しく長々と書いてしまったのもこのアルバムがとにかく素晴らしいからであり、益田氏の高い演奏能力と誠実そうな人柄が伝わってくるこのCDは、控えめに言っても私の持っているバッハを弾いたギター作品集、いや、ピアノやヴァイオリンによるバッハ作品を含めた中でも、とりわけ素晴らしい1枚に挙げられるものだと言えますし、何時でも気分を問わず聴く事のできる虚飾の無い解釈と、さりげなくも細部まで練られた演奏が逆に新鮮にさえ聴こえるというのは、ギターによるバッハの新たな演奏表現の可能性を示しているとさえ言える感動的なアルバムです。

ギター好きの方も、ピアノ好きの方も、是非、ご一聴を!
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