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発達障害と向き合う③〜臥薪嘗胆編〜
2017-08-11-Fri  CATEGORY: コラム
臥薪嘗胆が最も好きな四字熟語だというのは、口にするのがいささか憚られる。



パワハラ告発と退職・転職を心に決めた私は、始発終電で働きつつ転職先を探した。それだけが希望の光であり、私にできる最も痛快な復讐劇だった。さて、ようやく本題に入る(前置きが長すぎた)。どうやって私は自分の発達障害を乗り越えたか、である。




一言でいうと、「」だ。




とは言っても、ドラッグの類いではない。医者にはそのような説明をされたりもしたけれど(後述)。


コンサータという薬がある。


「コンサータ」で調べれば山ほど私のようなADHD患者の服用歴が出てくるので、興味のある人は読んでみて頂きたい。この記事はその山の一握の砂を提供するに過ぎない。



さて、ある時パワハラを受けつつ働きすぎていよいよこれは過労で死ぬかもしれない(倒れる、もしくは発作的に電車に飛び込んでしまう)という不安がよぎったので、駅前のメンタルクリニックに行ってみた。鬱を患ったことはあるが、今は家庭もありそんなこと言ってられず働くしかないので、長年積年のこのADHDな特性をなんとかして欲しい、と訴えた。すると先生は、大学教授のような確信的な話し方をしつつ非常に明解な話をされたのだ。以下はわたしの記憶違いもあるかもしれないし、医者の誇張もあるかもしれない。不正確であることを承知して頂いて読んで欲しい。


「コンサータとストラテラという、あなたのような注意欠陥多動の人に効く薬がある。前者は即効性があり、後者は飲み続ける必要がある。お酒を日常的に飲む貴方には前者が良いだろう。これは覚せい剤のようなもので、そのような成分だけを抽出されて悪用されないように、極めて高度な化け学の技術でそれこそハンマーで叩いても割れないくらいにコーティングされている。胃の中でゆっくりと溶け、まんべんなく半日効くように作られている。これを飲むと、神経が覚醒するので集中力が増し、ミスが劇的に減ります。遅くとも昼までには必ず服用してください。夜眠れなくなります。副作用も色々あります。それと非常に高価です」


医者とは思えない言い切った話に、私は迷わず処方してもらうことにした。以下はTwitterに書いた当時のメモである(鍵アカなので探されても見つかりません)。


視界が開け、物が立体的に見えるようになった。今まで某駅のコンコースの上の一部分がガラス張りになってるなんて、3年以上も通っていて気付かなかった。バスで職場に向かうと、建物という建物が3Dのように迫って来て恐ろしいほどだ。汚かった机の上もきちんと整理することが出来るようになり、超早起きが原因の眠気は一切跳んだ。子どもの頃から感じていた「億劫感」がパタりと消えた。イヤな仕事ほど先にやっつけた。これが普通の人なんだな、と涙が出た
40近くになって薬の力を借りて、ようやく、ようやく普通の人と同じ日常が送れるようになったのだ。



1錠数百円のコンサータで仕事のパフォーマンスは格段に上がった。毎月の少ない小遣いはレコードでなく、コンサータに消えた。土日は飲むのを控え、業務が厳しそうな日を選んで週3回ほど飲んだ。飲めば仕事のデキる男になれるのだ。出費は痛いが仕方ない。その代わり、私には副作用が凄まじかった。


出勤前の朝6時頃に飲んで1時間くらいしてから、後頭部に鈍い痛みが現れるのを合図に薬が効き始める。仕事が順調に回り出す昼前にはかなりヒドい吐き気がやってくる。なんとか昼食を胃に押し込め、全く眠気のない午後を過ごすと夕方頃に効果は消える。大体9~11時間ほど覚醒作用が持続する。効果が消えるのはそれと同時に猛烈な空腹感と倦怠感がやってくるのですぐわかる。今度はそれと闘いながら終電近くまで働く。まさにドーピングだ。毎日毎日頭痛と吐き気と闘いながら働いた。頭痛と吐き気がありながらも頭がシャキッと覚醒している、というそれまでにない経験だ。眠気が消えるというのは本当に有り難く、出張でのバスや飛行機、新幹線では大抵眠くなるものだが私はお目々パッチリのまま転職の勉強をしていた。


まだコンサータが効いているうちに飲み会に出かけたことがある。この薬を飲むと職場の階段を上り下りをするだけで動悸がして心臓が痛むのがわかるのだが、酒との同時摂取はその比ではなかった。このときは本当に死んでしまうかと思うほど大きく心臓が鳴り、飲み会の店から一歩も動けなくなってしまった。その夜は金曜の飲み会帰りの満員電車を避け、這うようにして遠回りのバスに乗り、席を譲ってもらってなんとか帰宅した。


薬の効果が劇的に作用して仕事は極めて捗った。2人分の仕事(鬱上司は戻ってきた)くらいは楽勝になっていた(どうでもいい窓際左遷部署だったせいもある)。パワハラを浴びつつ手掛けた大きなプロジェクトのプレゼンがあり、その前日は徹夜で職場に泊まった。始発で帰宅し、シャワーを浴びてすぐに出勤した。勿論、コンサータを服用した。今でもよく覚えている。それは2016年6月25日の土曜日だった。千人近くを相手に午前午後の2回を滔々と喋った。それまでの人生でいちばん頑張った24時間だったと思う。その翌日は今の職場の二次面接だった。じっとりと蒸し暑い日で、上下スーツを着て大汗をかいていたが、心は気分爽快であった。



そんなこんなで、以前書いたように転職に成功し、復讐には失敗したものの、仕事はなんとか乗り越えることができた。



さて、次に息子の話をしよう。


自分の子どもに発達障害があるのではないかと悩んでおられる方もたくさんいると思う。私もそうだった。色々人に聴き、調べ、にわか勉強をし、行動した。保育園に落ちたことは前回書いた。となると、次は幼稚園だ。数は多いが預けられる時間に制限があり、今後の就業設計が難しくなる(嫁は自営業のようなものだ)。とりあえず近所の幼稚園はすべて見学に行った。プレ保育や説明会にも顔を出し、その中で最も発達障害に理解のありそうなところを選ぶことにした。息子が生まれてくる前は、ミッション系で制服のある、お高くとまった感じの綺麗な幼稚園を考えていたが、そんな所はハナから検討外だった。残念ながら、障害児を積極的に受け入れている幼稚園は近所になかった。仕方なく、いちばん昔ながらで、ルールではなく自由な遊びを尊ぶ幼稚園を選んだ。色々な人の意見によると、「規律で縛らない園に行って自由に伸び伸び育てたほうがよい」とのことだったのでそこにしたのだ。園長が森本レオのような風体でヒョロッとした味のあるオヤジなのもポイントが高かった。



2015年の11月1日(日)、入園選考があった。


面接順は早い者勝ちで決まるらしいというママ友情報により、朝の5時に起きて幼稚園に向かった。絶対に落ちるわけにはいかない。やる気のある所をアピールしなければならない。行ってみると早朝からは並ぶなと張り紙があったので、まだ人気の無い薄暗い中を、100mほど離れた遊歩道のベンチから幼稚園を凝視し続けた。完全に変質者だ。7時を過ぎると職員がやってきて、園の前で並んでもよいというのでひたすら立ち続けた。お陰さまで一番乗りだった。そこからルイージ&MDRのマーラー第9番を聴き始めて、ちょうど終わる頃に嫁が子どもを連れてやってきて、そして門が開いた。すっかり身体は冷えきっていた。


面接官は森本レオだった。入学前から何度も通ってアピールしたので、園長も自分で面接しようと思ってくれたのだろう。息子は自分の名前を聞かれたが恥ずかしがって言えなかった。頼むからパニックは起こさないでくれと思っていたが、「じゃあリンゴはどれ?」という質問コーナーになると機嫌を悪くし始め、ついにはプイと席を立ってダダをこね始めた。園長はこちらの窮状を理解してくれた上で、「月に1度発達センターに通うこと」「障害の診断書を出すこと」(加配のための補助金が出るらしいのだ。尤も、これが原因で今年嫁が激怒するのだが・・・)というのを遠回しの条件に、入園許可をしてくれた。嬉しくてその晩は焼肉を食べに出かけたが、勿論息子は食べ過ぎて全部吐いたのは言うまでもない。



4月の入園式では、些細なことで癇癪を起こして、式に出られなかった。



私は泣き叫ぶ息子を抱いて、ホールの外で唇を噛み締めながら園長の話を遠くに聞いていた。なんとか集合写真には収まることができた。入園しても他の子が出来る事がうちの子には出来ない。自分で学習用具を用意できない。全く絵が描けない。靴下が履けない。トイレが間に合わず漏らす(小さい方)。ひとり裸足で外に飛び出して園庭で毎日泥だらけになるまで遊ぶ。嫁は毎日何時間も泥まみれの洋服を手洗いした。みんなが集中してお絵描きや図工をするときも、うちの子は座っていられず外に飛び出して行く。紙芝居なんて最初の数枚しか見たことがない(大体が私も見てられない)。


Facebookでは同年代の友人が子どもとの旅行写真をアップしたり、ジャズ仲間は子どもが生まれてからもセッションに通っている。我々には不可能だ。どう考えても不可能だ。嫁は土日仕事なので私と休みが全く合わない。たまに合う月に1度あるかないかの休みは家族でお出かけする。大抵、息子が癇癪を起こし、運が悪いとストレスで吐いてそこらを汚し、どっと疲れて帰宅する。




なんで俺ばかりこんな目に遭うんだろう。




どうして俺の人生はこんなにも過酷なんだろう。




仕事でも子育てでも、楽しく充実した人生を送っている友人がたくさんいる。




なぜ俺ばかりこんな目に遭うんだ?




・・・何度も何度も、そう思った。私が学生の頃の甘ったれた青二才のままだったら死んでしまっていたかもしれないが、今は妻子を抱えた責任ある社会人だ。歯を食いしばって生きていくしかなかった。障害があろうとなかろうと、子どもを抱えて生きて行くしかないのだ。そう、それでも愛する大切な我が子だ。




去年の夏。幼稚園に通い始めて4ヶ月、気が付けば随分と癇癪が減っていた。風邪で1日休んだ以外は一度も園を休まなかった。幼稚園が休みの日は「行きたい!」と逆に癇癪を起こすほどだった。お友達がたくさんできて、ママ友仲間と色々なところに遊びにいけるようになってきた。


次第に順番も守れるようになった。ブランコやすべり台もきちんと後ろで待っている。相変わらず自分で登園後の用意はできないが、お友達とケンカはしないし、手を出すこともない。「泣いている子がいたら大丈夫?って声をかけるんだよ」としつけたので、その通りに優しい子になりつつある。元気の良さはいちばんだ。夜遅くまで寝ないで興奮してはしゃぎ回っているから、私が遅く帰ってもお風呂に入れて上げられる。電車とトーマスとピタゴラスイッチとプラレールとアンパンマンとハンバーグが大好きだ。ジャガイモと生のキャベツ以外の野菜を全く食べず、偏食は直らないが少食の大人の女性より遥かによく食べる(そしてたまに吐く)。ほとんど風邪も引かないし、誕生直後以来、大きな病気はしたことがない。毎土日は私の定期で電車に乗ってランダムウォークするのが習慣になった。youtubeを見せていればユニオンにもなんとか連れ出せるようになった(笑)




苦労した分だけ、息子の何気ない成長が我々夫婦には嬉しかった。




そうして、我々の不安をよそに立派に年少を終え、今年の春、年中に進級した。運動会の時のことだ。雨で順延したため謎の平日開催となり、私は行けなかったが、妻が撮影したビデオには、みんなと順番を守って入場し、訳の分からないお遊戯をきちんと踊る息子がいた。途中で飽きてきて、隣りの子にドンとぶつけられ台から落ちて機嫌を悪くしたようだが、癇癪を起こす前にちゃんと幼稚園の先生がフォローしてくれた。そんな光景を見て思わず涙が溢れてきた。



潔癖の嫁の躾がたたって平均台競争ではよーいドン!の後に台の砂をキレイに払ってから走り出した。



周囲は爆笑、「面白い子がいる」と園内の話題をさらい、他の学年でも有名人になった。今年は今のところ1度だけ、昼食中にクモが出たときだけパニックになったそうだ(言い換えれば去年はたくさんあったということだ)。入園前からのママ友以外は、うちの子が発達センターに通っていることを知らない。我々が息子の強烈な癇癪で悩まされたことなど多くの人は知らない。元気の良い子だと思われているだけだ。担任の先生にも「全然手がかかりません。泣いている子がいたらすぐ呼びに来てくれます」と家庭訪問で言われた。園長は加配が欲しくて「今年も障害の診断書を採ってきて下さい」と言ってきて嫁が激怒した(実は、こんな園なのでうちの息子よりもかなり重そうな発達障害の子が他にもけっこういる)。時が経てば状況も変わるものだ。発達障害と引き換えに、なにか特殊な能力をもって生まれてはいないかと期待したが、今のところは何もない。ピアノにもギターにも興味を示さず、嫁の生徒の同い年の男の子の方がピアノを弾けるくらいだが、リズム感はいい。ウルトラマンの歌もだいぶ歌えるようになってきた。絶対音感もこれからだろう。食欲が凄まじいせいか身長は年中組でいちばんだ。


子どもの成長とは不思議なものである。勿論、幼児のワガママを遥かに超えた癇癪を起こしたり、発達センターでは未だに他の子より1年近く発達が遅れていると言われる能力の項目もある。幼稚園の遊びなら楽しくできるが、自分のイヤなことをガマンできるか?小学校に入って授業を受けられるのか?通常学級に行けるのか?心配は尽きない。


それでも、癇癪が始まった4年前の、あの将来への壮絶な不安が薄れたことは確かだ。仕事も育児も、諦めず色々考え行動してほんとうに良かったと思う。ママ友の家に泊まりで遊びに行った嫁と息子がそろそろ帰ってくる。私は昨日まで北海道に出張だったので、息子に会うのは5日ぶりだ。会ってまず彼はこう言うに違いない。




「パパ、またレコード買ってきたの?!」



(おしまい)
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