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The melody at night, with you

音楽好きの世迷い言

布川俊樹氏の音楽

ジャズにおいて、ギターという楽器の地位が低いのではないかと感じていた。



職場などで趣味の話をする。「昔ジャズをかじりまして」と言うと、必ず「カッコいいですね!サックスですか?それともピアノですか?」と訊かれる上に、「ギターなんですけどね」と告げると「はあ」となんとも気の抜けた反応が帰ってくる。こちらが「ロックをやる年でもなくなったので・・・」と話しても何故か言い訳をしてる感じになってしまう。そこに、ジャズギターへの敬意は(ひょっとすると私自身も含めて)感じられない。


ジャズの花形楽器であるサックスやピアノに比して、ギターはいかにも地味だ。音色はともかく、音量のダイナミクスさでは勝負にならない(そもそもマイク・・・P.U.・・・がないと聞こえない)。「ジャズ」と聞いて一般の人がサックスのブロウをイメージするのは致し方ないところがある。そんな中にあって、ギターの利点は逆説的ではあるがその手軽さ、敷居の低さにあるだろう。サックスやトランペットなど初心者は音すら容易に出せないし、ピアノはデカいし、移調を考えるとギターのそれとは段違いの困難を伴う(ギターは入り口としてTAB譜があるので譜面に弱くなるマイナスもあるが)。楽器人口を考えればギターは圧倒的に多く、マーケットとしてジャズギターも大きいに違いない。にも関わらず、冒頭に書いたようにジャズギターに対して長いこと私は引け目を感じていた。




ところが近年、そんな私の印象は大きく変わりつつある。




コンテンポラリー・ジャズにおける最近のギターの隆盛を考えると、私にとってはむしろギターの存在こそが「イカしたジャズの象徴」である。私自身がギターをやるというひいき目も大きいが、今ではバンドにギターが入っていないと「クールじゃないな」と思うことすらある(勿論、一般の音楽リスナーにここまでの感覚は求めない)。「コンテンポラリー」の旗印をギタリスト達が担ってると考えるほどだ。これはギターがエフェクターによって様々な音色を出すことができるという楽器の性格にもよるのだろうが、アーティスティックな面ではカート&ターナーの双頭バンドの影響が大きいのではないだろうか。大げさでなく、彼らがきっかけでジャズギターの地位向上がなされ、コンテンポラリーギターが人口に膾炙していったように感じる。この辺りは以前の記事のカート・ローゼンウィケルのライヴレポートと聴き比べにも似たようなことを書いた記憶がある。



さて、前置きが長くなってしまったが、今日はそんなジャズにおけるギターのさらなる地位向上(??)を図って、布川俊樹氏の音楽を紹介したい。



先に言っておくと、布川俊樹氏は私のジャズの師である。というとなんだかスゴそうだが、私はプロのギタリストではないどころか大してギターも上手くはなく、個人レッスンをたった2年間しか受けていないので弟子を名乗る資格すらない。おまけに「師匠」と呼ばせて頂くほど練習熱心な生徒でもなかった(すでにブラックに勤める社会人だったせいもある)。ここでは、アーティスト布川俊樹の音楽をひどく熱心に聴いた1人のファンとして、ジャズギターの良さを広めるこの一稿を読者の皆さんにお送りしたい。


私は布川師匠のことを「先生」と呼んでいるので、ここでも先生と呼ばせて頂くことにする。先生の音楽と初めて出会ったのはアルバム作品ではなく、ジャズギターの教則本だった。「ジャズギターの金字塔」という、なかなか強気なネーミングの本だ。当時、HR/HMに中高時代を捧げた私は、左手の指回りと右手のピッキングにはかなりの自信を持っており、「そろそろオトナの階段を登ろうかな」と思ってなんとなく上から目線でジャズに手を出した、きっと日本全国にゴマンと居たであろう「勘違いギター少年」の1人だった。


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そして私は、TAB譜通りに弾いても全くジャズに聞こえないという驚愕の経験をするのである。先生の模範演奏CD(今となっては初版付属のCDはリニューアル版と一部収録曲が違うので貴重!!)からは「ジャズそのもの」が流れてきた。これが私と先生、そして「ジャズのグルーヴ」との出会いだった。


布川先生はグルーヴの塊りのようなアーティストである。内蔵に手を突っ込まれてぐわんぐわんとえぐられるような、強烈に心地よいグルーヴで聴く者を捉えて話さない。私が何度かブログで書いている「グルーヴが備わっていれば、メジャースケールを上昇しただけでもジャズになる」という台詞は、レッスン中の先生の言葉だ。それまでジャズを「複雑な和声とスケールによるアドリブ音楽」としか思っていなかった私の印象を、根底から覆すほどのインパクトを先生の演奏はもたらした。それ以来、ジャズでは「フレージングの違い」よりも、「グルーヴの違い」によってギタリストを種別するまでになった。


いい加減に書くなら、カートは浮遊感があり、たまにつっかえたようなところもある。アダム・ロジャースはフレージングのみならずグルーヴも流麗、ジェシ(・ヴァン・ルーラー)は鋭くて、どちらも共通するのは置き場所にミリ単位の細かさがある感じ。B・フォアマンはややジャストで前のめり気味か。ピーター・バーンスタインは現代的で非常に柔らかい印象(大好きだ)。ウルフ・ワケーニウスはメセニー信者であるのでトーンもフレージングも勿論グルーヴもよく似ている。宮之上さんはオーセンティックでモダン寄りな感じ。岡安芳明さんや、最近youtubeで有名な宇田大志さんなどのお弟子さん達も伝統的なグルーヴに感じる。イケメン菅野義孝氏は若干ハネが強いか(彼の1949年製ギブソンES-175を沼袋オルガンジャズクラブでちょっとだけ弾かせてもらったことがある。超良い人!)。プロのギタリスト達が皆そうであるように、布川先生はその誰とも似ていない。拍に対する8分音符の置き方で各ギタリストのグルーヴのアナライズは可能だろうが、本稿の主旨でないので止めておく(生半なことを書くとジャズギターマニアの方が来襲して怒られる(笑))。


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CD棚で目に留まった愛聴盤


大学時代、隣りのサークルの一番ギターの上手いヤツが布川先生のレッスンを受け始めたと言うので譜面を見せてもらった。TAB譜でなく、五線譜を見てジャズのスタンダードを弾く彼をカッコいいと思った(ピアノをやっていて譜面は読めたが同音異弦のギターにはほとんど役に立たない!)。当時私は院試の勉強で忙しく、彼とはそれきりになってしまった。それから10年近く経って、思い切って先生にメールを出し、教えを乞うことになったのだった。


そろそろ本題に入ろう。そんないちファンであり生徒だった私オススメの先生の作品をご紹介。


Depature/布川俊樹
(1998年) 

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 なんと言ってもこれはイの一番に挙げねばならない。LAレコーディング、メンツはピーター・アースキン(ds)、マーク・ジョンソン(b)、そして故ボブ・バーグ(ts)である!!!キーボードをVALISの盟友、古川初穂氏が務めている。

先生ご本人は「野球少年と大リーガー」のようにご自身のエッセイで書かれているが、「名球会員と大リーガー」とはじめに訂正させて頂こう。まずね、曲が超カッコいい。先生って、メロディメーカーなんです。そこらのジャズギタリストがなんちゃってスタンダードみたいな安っぽいメロのオリジナルをササッと書いちゃうのとはワケが違う。1・5・9・10曲目とか聴いてみて欲しい。そんでアースキン最高。最高。1曲目の出だしのライドのレガートなプレイだけで悶絶必至。そしてそしてボブ・バーグ。ボブ・バーグ。渋みのある、独特のサックスの音色がクセになるというか、私は大好きだ。

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(サム・ジョーンズのリーダー作。ボブ・バーグ、シダー・ウォルトン、ブルー・ミッチェル、ビリー・ヒギンズという私の大好きなメンツ。1978年MUSE録音のUSオリジナル盤)

クラシックで喩えると、ミクローシュ・ペレーニのチェロの塩辛い音色のような感じだ。そんな超絶メジャーリーガーを向こうに回し、先生は果敢に挑んでいく。ハイライトは5曲目。達人たちのスリリングな豪速球キャッチボールをお聴きあれ。



・Childhood's Dream/福田重男、布川俊樹
(2011)

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(両巨匠のサイン付き)

 30年来の盟友という、福田重男氏のピアノとのデュオ。これは我が家思い出の一枚である。実は、福田重男氏はうちの嫁のジャズの先生なのだ。とあるサックス奏者がリーダーのライヴを聴きに行って「あの人のピアノはスゴい!!」と珍しく嫁が興奮し(こんなことは滅多にない)、渋谷に通って習い始めた。そして、代官山レザールにこのCDのレコ発ライヴに出かけたのだった。


福田先生、体調不良でヘロヘロ


・・・勿論、プロだから演奏は最高だった。私のジャズライヴ観戦の中でも最高の感激のひとつだったと言ってもいい。とにかく、1曲目の「Hope In The Cave」が最高にカッコいい。当時、チリで起きた炭坑閉じ込め事故にインスパイアされて書いたというこの曲は、先生の書いた曲の中でも特に好きな1曲だ。

ここで一つ断っておく。ジャズミュージシャンにはありがちだが、CDよりもライヴのほうが断然演奏がいいのだ。まさに「音楽は観客と共に創る」と言えよう(だからきっとジャズはライヴ盤が多いのだ)。残念ながら、このCDも白熱のライヴ演奏には劣る。是非、コンサートに行ったことがないというライトなジャズリスナーの方はライヴに足を運んでみて頂きたい。ロックと違って座って観れるし、クラシックと違って酒を飲みながら、目の前で生の演奏を楽しめるのだ。レザールでの両先生の演奏は本当に本当に素晴らしかった・・・!!この店はウナギの寝床のように細長くて狭く、ホームパーティで巨匠2人が演奏してくれているかのようなのだ。しかも、ライヴチャージにおつまみが付いてドリンク飲み放題コミコミで5000円!!(採算はどうなってるんだ)・・・話が逸れた。先生の「ホープインザケイヴ」のソロでは鳥肌全開で涙が出てきたような気がする。先生愛用のヤマオカ製アーチトップギターの柔らかな音色も最高だ。絶妙な音の輪郭と自然なサステイン(欲しい。。。)。

「僕ら結婚してるんです」と言ったら、先生達はアンコール曲決めていいよ、と言って下さり、自分たちの結婚式で夫婦で演奏を披露した「My Romance」をお願いした。大好きな曲を、我々それぞれの先生2人に演奏して頂いたのは一生の思い出である。そんなこともあって、このアルバムは先生の作品の中で最も好きな1枚である。



・The Blood Trio/布川俊樹(2004)

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 ジャズギターでのトリオというのは、ギタリストのあらゆる力量の全てが問われると思う。6本弦でメロディも伴奏も何もかも表現しなければならない。ジェシ・ヴァン・ルーラーもトリオを何作か出していて、「制限があるからこそクリエイティブな演奏ができる」というようなことを雑誌で語っていた気がする。

このトリオ作品での先生の演奏も凄まじい。メンツはdsが山木秀夫氏(!!!)bが長年連れ添ってる相棒の納浩一氏である(近年、巷のジャズスタンダード譜面集を「青本」から「黒本」に切り替えさせたあの人、と言えばジャズをやる人なら全員に通じるだろう)。曲がいいのは勿論なのだが、日本を代表する山木氏の超絶ドラミングに煽られ、先生もド熱いソロを披露している。ジャケットの淡い幾何学的な模様も大好きだ。


・布川俊樹SJP/TRIO LIVE~天空の滝~
(2016録音)

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クラシック・ピアニストの世界について、私の尊敬するレビュワーの方は「栴檀は双葉より芳し」と評した。しかし、ことジャズの世界にあっては様相が異なる。そう、ジャズギタリストは年々上手くなるのだ。メセニーもデビュー時も上手かったが今は宇宙人だし、カートも2006年録音の『Remedy』を境に宇宙人になった。アダム・ロジャースは最初から宇宙人だ。これはクラシックピアノが、よりテクニック(狭義のメカニック)の面を多く占めていることに対し、ジャズが他の演奏者とのコミュニケーションにより演奏を創っていくために経験が必要となることによるものだろう。

さて先生のギタートリオ最新作。メンバーはSJPでお馴染みの高瀬裕(b)、安藤正則(ds)。いやーメチャスゴい。来年還暦を迎える(信じられない!)布川先生の、飽くなき向上心の為せる驚異的な演奏である。以前の作品が下手だと言っているのではない。紡ぎ出される音楽に余裕があるのだ。私の好きな「Hope In The Cave」もギタートリオでやるとまた全く違う味わいが出てくる。これもジャズの面白さだ(それにしても・・・高瀬氏は激ヤセされましたね。別人かと思いました。先生のFBによると、アスリート並みに身体を鍛えられているとの事)。


・DuoRamaシリーズ

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これは普段ジャズを聴かない一般の音楽リスナーに最も勧められる3枚である。とにかく癒し系だ。かと言って、イージーリスニングジャズとは全く違う、ギター&ベースのデュオ(ギターを重ねたりパーカッションが入ったりもする)の技術の粋が極まった演奏と言えよう。特に、1&2は先生のメロディメーカーとしての稀有な才能が最もほとばしっている2枚であろう。スタンダーズのほうは全ジャズギタリスト必聴!私がブログタイトルにしたジャレットのあのアルバムの1曲目、「I loves you,Porgy」を演奏しているが、感涙必至の超絶的名演である。私も先生からこの譜面集を買ってコピーしようとしたが相変わらず同じように聞こえない(なんて下手なんだ)。フィンガリングの巧みさ、ピッキングニュアンスの繊細さは人間国宝級である(ギター弾きならこの演奏の凄まじさがわかるはず・・・)。


・布川俊樹/スタンダード・ジャズ・プロジェクト
(2009)

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意外にも先生初のジャズスタンダード集。メンバーは上に挙げた最新作でもお馴染みの高瀬裕(b)、安藤正則(ds)に今をときめく佐藤浩一(p)である。彼はこのバンドに参加後、急速に知名度を上げ、洗足の非常勤講師についた(先生の慧眼は流石である)。山岡ギターの素晴らしい音色を体験できる1枚で、本格的にジャズギターのスタンダードモノを聴いてみようと考える方にオススメだ。特に3曲目は、ギターでここまで歌えるのかと思うほど素晴らしいグルーヴが全開である。自分のジャズバンドのライヴでまんま先生のアレンジで「You're The Sunshine Of My Life」を演奏した(レッスンで先生に弾き方を聴き倒した笑)。



・VALIS/The Last Gift
(2003)

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1985年結成、日本のコンテンポラリー・ジャズシーンを18年間に渡って牽引してきた布川先生のリーダーバンド、『VALIS』。先生の好きなSF作家、フィリップ・K・ディックの1981年の作品名から採られたバンド名だと記憶しているが(私の壮絶な勘違いかもしれない)、この偉大なバンドについて語ることは私の力量を遥かに超えてしまう。この作品は、そのバンドからの最後の贈り物である。

先生はご自身のエッセイで、「自分が最も気に入っているソロ」を、この作品の2曲目「Beat Panic」の演奏だと書いておられる。必聴。同曲では盟友古川氏のブチ切れたソロも素晴らしい。多言は要さない。緻密な楽曲とアレンジ、めくるめく万華鏡のようなグルーヴの渦を是非とも体験して頂きたい1枚。


さて、他にも紹介したい作品はまだまだある。先生のアルバムの中で最もファンキーなオルガン・トリオの『The Road To Jazz Jungle』。saxにVALISの小池修氏が参加している。私が特に愛聴している盤だ。

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最近、新作&再発が出たウルトラマンジャズ・シリーズも聴き逃せない。先生のソロの中で、私が最も好きなのはウルトラマンジャズ・ライヴの「ウルトラマンレオ」のソロである。ゾクゾクするような白熱の展開が素晴らしい。以前、このライヴ盤は特にレアとなり、ヤフオクでも滅多に出て来なかったが(ベスト盤が再発されてから立て続けに2枚出て、今も古い方が2800円で出ている)、今回の再発ベスト盤にリマスタリングで再収録されたので、是非聴いてみて頂きたい。


最後に、マニアックな方向け。先生の教則本のCDは先生がソロとバッキングの1人2役をして録音しているのだが、それが驚異的に素晴らしい。特に、『金字塔スタンダード編2』の模範演奏CDはジャズギター好きには垂涎モノの演奏である。アップテンポの「CONFIRMATION」「MOMENT'S NOTICE」などは死ぬほどカッコいい!また、リニューアル版の「金字塔」には、私の思い出の曲「My Romance」が無伴奏で収録されている(重ねて書くが初版とCDの収録曲が違うのでどちらも揃えよう)。先生も書かれているが、教則本の模範演奏という枠を超えて音楽鑑賞の対象としても素晴らし過ぎる演奏である。これらはヤフオクでは高値だが、ブックオフにはフツーの値段で置いてあることがあるので(私も保存用に買った)探してみるとよいかもしれない。

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