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The melody at night, with you

音楽好きの世迷い言

ゴドフスキーのパッサカリア聴き比べ 2020/4/8更新

ナナサコフ盤を追加(※参考評価、4/8)
Massimo Giuseppe Bianchi盤を追加(4/5)
Ian Hobson盤、Lukasz Kwiatkowski盤を追加(2020/3/8)
Emanuel Delucchi盤を追加(2018/2/2)
Michael Schafter盤を追加(2014/6/22)




本日は私の大好きなゴドフスキーのパッサカリア(シューベルト「未完成交響曲」の冒頭部による44の変奏、カデンツァとフーガ)の聴き比べをご紹介。

この曲はホロヴィッツが「腕が6本必要だ」と言って演奏を避けたという逸話が残っているほどの超難曲なわけですが、シューベルトの物哀しい旋律を基にゴドフスキーが描いた煌く万華鏡のような精緻で美しいテクスチュアが私はたまらなく好きなのです。

現在、私が所有している録音は次の6種類です。いつも通り☆◎○△×の5段階でコメントを書こうと思います。これ以外にご存知の方は是非教えてください。ちなみに特に好きなのは変奏曲部分なので、それ以降のカデンツァやフーガはあまり聴き込んでいません(昔、ネット界では有名な超絶技巧編曲のサイトがあって、そこでは「ゴドフスキーが書いたフーガ部分の凡庸さに失望する」という旨のことが書かれていて、私としてはそこまで言いませんが、断然変奏曲部分が素晴らしいと思います)。また、×を付けたものもありますが、どのピアニストの演奏も、この難曲を弾こうとする気概の感じられる良さがあると思います。


アムラン(旧録CBC、18:47)◎
アムランの名を一躍高めた実質デビュー盤での演奏。打鍵に気迫がみなぎっており、彼としては珍しくごくわずかなミスタッチが見られるなど(3オクターヴの連続跳躍、変奏曲部分の終わり直前等)、この難曲に真っ向から立ち向かうアツい姿勢が聴ける(10年近く前、某掲示板でこの曲のアムラン新旧の演奏について意見が交わされた時、気合いの入ったこちらの旧盤に軍配を上げる人が多かった気がする)。それでも、レジェロ部分の流麗さ、多声部のバランスの良い処理、ブ厚い連続和音の安定感や響きの充実感など、技巧的には他の追随を許さない(頻出する急速上昇音型の鮮やかさなど素晴らしい)。ただ、アムランの他の曲の演奏にも言えることだが、内声を強調するタイプの演奏ではなく、横の流れを重視する彼の特徴が出ており、工夫に欠けるという人がいるかもしれない。また、彼は音楽性の面で薄味に思えることが多いが、(アルカンの曲ほどではないものの)次々と襲いかかってくる変奏の強烈さからか、そのような不満は感じない。

アムラン(新録hyperion、18:43)◎
前人未到、まさかの再録音。Hyperionの(やや残響多めだが)美しい録音にゴドフスキーの描いたポリフォニックな音像が立体的に浮かび上がる。タッチはさらに洗練され、この曲が持つ知的な側面や芸術的な薫りが漂っている。旧盤のような明らかなミスタッチも聴かれず、技巧的にはこれが人間の限界ではないかと思わせる(どう考えても曲のほうに無理がある)。反面、旧録のような熱っぽさは感じないので、デ・ワールやグランテのように直線的でvirtuosity溢れる演奏のほうを好みにする人がいるのは理解できる(実際、ネット上では多いように思う。が、ゴドフスキーの曲の演奏としてはちょっと違うのでは、とも思う)。この曲には個人的に、ゴドフスキー特有の連続する対位法的旋律が変奏曲として次々と移り変わる流れの美しさを重視しているので、その意味ではこの演奏が理想に近い。というわけで、☆印にしてもいいかなと思うが、アムランをもってしても一部の変奏でわずかに不自由を感じなくもない(32分音符の重音トリル部分などで幾分明晰さに欠けるというか、旧盤と比較して守りに入った感じがある)のと、もう少し対旋律を聴かせてもよい(そうすると曲の難度的に横の流れが苦しく聴こえてしまう可能性があるので、一長一短だが・・・)かなと思うので、トータルとしては◎とする。そもそもこの曲を弾く人が少ないので、人間でコレを上回る演奏が出てくるよりも、コンピュータによる打ち込みで人間らしい演奏が先に出てきそうな気がしなくもない。

シチェルバコフ(19:16)×
「シベリアのアムラン」の異名を取る彼だが、随所で苦しさが見える(全体的に音が何か寸詰まりというか、なにか慌てた感じを受けてしまうのがその一因。特に気になるのは、フォルテの連続和音でテーマを奏でる箇所などで、スムーズという感じではない)。それでも誤魔化しがなく誠実に弾いている(スピード感は無いものの32分の重音トリル部分の丁寧さは6種の中で随一)のは好感が持てるが、曲の難しさが伝わってしまうという意味ではちょっと残念。それならばデ・ワールやグランテなどのvirtuosity路線によるリスト的な演奏のほうが面白かったかも(彼はラフ3でもメト2でも生真面目さが出てしまって面白みが無いと思っているが、メト2に併録されている遺作のピアノ五重奏曲の演奏は素晴らしく、愛聴している。ちなみにメト2は激烈なカデンツァが聴けるデミジェンコ盤が好き)。

デ・ワール(16:52)○
速めのテンポでテクニックにもキレがあり、手持ちの中で演奏時間は最短。特に16分音符が連続するレジェロ部分は突進という感じだが、鮮やかに弾ききる。重音トリルからの急速上昇音型や連続和音も迫力十分(右手の連続オクターヴ部分は勢いだけで押し切っているように聴こえなくもない。実際、右手オクターヴが最後の1つを除いて単音に聴こえる)。残念なのは全体的にタッチがゴツゴツしていて洗練されておらず、特に和音は録音のせいもあって響きがやや乱暴なこと(ダイナミックレンジも狭い)。一部で内声を出すなど工夫も見られるが、アムランやシーララの表情豊かな演奏と比べるとどこか直線的で一本調子な演奏に聴こえてしまう。しかしながら、初めてこの曲を聴く人には、実はこのストレートな演奏がいちばんオススメできるかも。その一方でゴドフスキーの曲に立体感や対位法の妙を求める人には向かないかもしれない(特にフーガが平面的な感じ)。

グランテ(17:20)×
全体的に速めでデ・ワールと同路線の演奏だが、さらに名人芸的で荒っぽく綱渡りな感じ。表現の振幅はこちらのほうが大きく、一部の変奏ではヤケになったようにやたらと速いテンポを取る(16分音符で右手が細かく動くところは最速かも。特にバッハ=ブゾーニのシャコンヌ第1部終盤に出てくるような左手のアルペジオがスピード感抜群にきらめいているのはgood)。彼のリストのドン・ジョバンニやノルマの回想などの難曲では無理をしない丁寧な演奏だったので、これはかなり意外(が、その一方で技巧的な問題なのか、丁寧の上にバカが付く箇所もある)。これがリストやラフマニノフの曲ならよいのだが、ゴドフスキーの曲ではもう少し流れや音の響きが整理されている知的な演奏が個人的には好みである。

シーララ(19:18)△
手持ちの中では最長の演奏時間。それは緩徐的な変奏でやたらとテンポを遅しすぎのためであり、急速変奏では まずまず標準的なスピード感を見せている(例の32分の重音トリルも幾分誤魔化し気味だがテンポを落とさず上手く?切り抜けてる)。技巧的にはシチェルバコフより若干上と思われ、タッチもデ・ワールらと比べると洗練されている。内声の強調などもこの5人の中では最も心を砕いているように思えるし、異様に遅いテンポのおかげで苦しさを感じることもなく、随所でゴドフスキー特有の立体的な響きが聴ける。強弱の付け方も上手い。欠点はやはり変奏間のテンポの揺れが大きすぎることと、もうひとつは一部で和音が割れて美しくないこと。録音もナクソスとしては良いほうだが、やっぱりちょっと響きが軽め。全然知らない若手のピアニストだが、今後が期待できる演奏である。

Schafter(16:30)××
初めて聴くピアニストによるゴドフスキーのソナタやジャワ組曲などを収録した2枚組。デ・ワール盤より速い演奏時間で期待と不安が交錯するが、やはり後者が的中。アムラン盤その他と比べると、正直別な曲に聞こえる。他盤で技巧的にいちばん見劣りするグランテ盤よりさらに一段落ちる感じで、良いところを見つけるのが難しい。重音トリルや跳躍部分など、誤魔化さずに弾いてなんとか音にはしている、と言ったレベル。(ゴドフスキーを録音するくらいだから、一流のプロのピアニストなんだろうが)アマチュアっぽいとさえ聞こえてしまうのは、やはり曲の難度が高すぎるためか。多声部では右手と左手があまりにシンクロしていないため、2人で弾いているかのような不思議な魅力を醸し出しているのはちょっと皮肉である。この演奏では、初めて曲を聴く人にその魅力が伝わらないかもしれない。申し訳ないが、グランテ盤その他に敬意を表して初の×2つ。

デルッキ(15:11)×
4年ぶりの更新はこれまた全然知らないピアニストの録音。リストのパガニーニ超絶のフィリペツのような奇跡を聴いてしまったので期待してとりあえずはNMLで聴いてみた(PTNAのシステムが変わってログインが面倒になって出入りしてなかったのだ)。演奏時間はブッチギリで最短の15分で、「全然ダメ」か「史上最高」のどちらになるかと思ったが残念ながら前者だった。タメはほとんどなく曲を通して(ほぼ)インテンポ感が失われないのは凄いが、その分デ・ワールのような迫力というか劇的さに欠ける。重音でのトリルはスムーズという感じでなく、その辺りからどんどん弾き損じが増えていく。時折現れる右手の急速上昇音型も明晰さに欠ける。連続オクターヴも右手の最高音が何度かあまり聞こえず、やはり苦しい。しかし、一番ダメなのはフーガである。せわしなくてなんだか平板で面白みがない。この曲はメカニック的な面での難しさが強調されがちだが、音楽的な面で充実させるのも忘れてほしくない。テンポが速いのが好きな人には薦められるが・・・残念ながら私の好みではなかった。とりあえず評価の近い他盤と並べると、シチェルバコフ>グランテ>デルッキという感じ。

クヴィアトコウスキ(17:10)××
2017年の録音である。シーララ以来、まともな演奏を聴いていなかったのでちょっと期待したのだが、これがガッカリだった。言葉は悪いが「聴いている時間が勿体ない」と思わせる演奏であった。技巧がイマイチなのだが、一番よくないのがほとんど至るところ(almost everywhere)で和音がパシャッとハジけていること。音楽になっていない印象を受けてしまう。テンポはなんとか上げようとチャレンジしているのは伝わってくるものの、精度が粗くて聴いているこちらの気持ちが昂らないというか。オクターヴ連打の跳躍のところもモチャモチャしていてよく分からない。ちなみに彼はバッハ=ブゾーニのシャコンヌも録音しているようなので聴いてみたが、こちらもやはり和音が美しくない。破綻はしていないが、前半の両手ユニゾンで急速に上下するところであからさまにテンポと明晰さが落ちる。正直、パッサカリアに挑むテクニックの持ち主ではないだろう。

ホブソン(20:22)×
イアン・ホブソンと言えば、「多産録音ピアニスト」という印象があって全く気にかけていなかったのだが、録音数が極端に少ないこの曲ということもあり、ともかく聴いてみた。録音は1998年、当時45歳頃の下り坂での挑戦なので正直期待してなかった。が、意外にも「聴けた」。クヴィアトコウスキを聴いたあとだったのもあるが、「まともな演奏」である。まず音質が良い。残響・明晰さ共にバランスが良く、私からするとやや低音が強めだがピアノの木の鳴りが目に浮かぶような感じ。テンポは出だしからメチャクチャ遅く、咳き込んだり慟哭したりというのが皆無で、一貫していて勝負を避けている落ち着いた演奏なのだがそれが逆に功を奏しており、音楽的に破綻していない(なんという曲だ)。急速部分はひたすら安全運転で、同音連打と跳躍が続く箇所は劇的さに欠ける。所々音を抜いている(?)ような箇所もあるが、緩徐部分での音楽性も光ってまずまず抒情的。後半のフーガがかったるいが、まあ目を瞑ろう。×評価のピアニストの中では技巧レベルは勿論低いが、健闘は讃えたい。調べたらホブソンは1981年のリーズ国際で優勝していて、実力は確かのようであった。

Bianchi(19:14)
コメント欄で教えて頂いた、Massimo Giuseppe Bianchiというピアニストの演奏を聴いてみた。まず出だしから音の響きに気を遣っているのがわかり、これは期待できると身を乗り出す。さらに技巧もアムランほどではないが平均点以上かつ誠実で、誤魔化している感がない。思わず久々に楽譜を見ながら聴き込むことに。Bianchiが強弱の指定に忠実なのがよくわかる(何度見てもグロい譜面である)。例のfffで3度の32分のトレモロから上昇していく箇所も音が濁らず華々しさがある。全体を通して内声もはっきり出ていてシーララよりもセンスがいい。垂直方向に重厚なこの曲の奥深さが見える感じ。最難所の3連続オクターヴもアムラン旧盤のような凄まじい突進というわけではないが破綻なく切り抜け、ペダル操作の生々しい効果も聞こえてきてちょっと感動する(数ヶ所でオクターヴの右手の最高音がハジけ飛ぶような不思議な音が出ているのも大きい)。何より一番感激したことは、難曲でありながら、演奏から「歌」が感じられるところまでクオリティを高めているところである(これはハイレゾをヘッドホンで聴いたせいもあるかもしれない)。ご紹介に深く感謝したい。
※4/8追記:アムラン新盤と比較しながら聴き込んだところ、久々の好演に冷静ではなかったようので評価を変更しました。ヘッドホンではなくスピーカーで聴くとさすがに残響の多さが目立ったのも少しマイナス。


ナナサコフ(14:43) × (※YouTube視聴のため参考評価)
これもコメント欄で教えて頂いたもの。七澤さんのアルカンのCDは昔良く聴いていて、十年以上前にとある教会(修道院だったかな)で行われたコンサートでお見かけした際に「ファンです」と思わず声をかけたことがあったのだけれど、パッサカリアがバッハ=ゴドフスキーの無伴奏チェロのアルバムに収録されていたとは知らず、迂闊だった。20年近く前の録音である。一言で言うと、「やりすぎ」である。出だしは音色も歌い方もまあそれほど不自然なく進むのだが、途中の急速部分では人が変わったかのように(元々人ではないが)演奏が豹変して非現実的なサウンドになっており、興をそがれてしまう(七澤さんの最近の録音もそういう傾向があるので、ご本人はそれを意図されているのかもしれない)。特に見せ場である3度のトレモロからの急速上昇や連続オクターヴでの同音連打は尋常ではない速さのために曲の流れにそぐわない気がする。一番の問題は、この演奏を一度でも聴いてしまうと人間様の演奏スピードが物足りなく感じてしまうところだろうか。


最近聴く盤はどれもアムランに遠く及ばず、残念。G・フィリペツあたりが腰を据えて練習して挑んでくれないものだろうか。→Bianchiがやってくれた。


以後も新しいものを入手次第、追加します。
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Massimo Giuseppe BianchiのGodowsky/Passacaglia

コメント欄で教えて頂いた、Massimo Giuseppe Bianchiというピアニストのゴドフスキー・パッサカリアを聴いてみた。なんと2019/1/1、元旦の録音である。

『The Art of Variation』という変奏曲ばかりを集めた内容で、他の収録曲がイマイチだったのでこの曲だけ買おうと思ったが日本のe-onkyoのサイトだと高いので、教えて頂いたサイトで720円でハイレゾを購入。これが凄かった

まず出だしから音の響きに気を遣っているのがわかり、これは期待できると身を乗り出す。さらに技巧もアムランほどではないが平均点以上かつ誠実で、誤魔化している感がない。思わず久々に楽譜を見ながら聴き込むことに。Bianchiが強弱の指定に忠実なのがよくわかる(何度見てもグロい譜面である)。例のfffで3度の32分のトレモロから上昇していく箇所も音が濁らず華々しさがある。全体を通して内声もはっきり出ていてシーララよりもセンスがいい。垂直方向に重厚なこの曲の奥深さが見える感じ。最難所の3連続オクターヴもアムラン旧盤のような凄まじい突進というわけではないが破綻なく切り抜け、ペダル操作の生々しい効果も聞こえてきてちょっと感動する(1ヶ所でオクターヴの右手の最高音がハジけ飛ぶような不思議な音が出ているのも大きい)。カデンツァも絹のような滑らかさがある。フーガも息切れしてる感じがなくて良い。

何より一番感激したことは、演奏から「歌」が感じられるところである(これはハイレゾをヘッドホンで聴いたせいもあるかもしれない。微妙な音の変化にも気づきやすい)。試しにアムラン旧盤・シチェルバコフ・グランテと聴き比べてみたが、十分に○を付けられる。アムラン級のテクニシャンではなく、技巧のキレは1.5段階ほど落ちるがそれでも相当に完成度が高い。歌と録音のトータルで言えば、満足度はアムラン並みと言っていい。
※ちょっと久々の好演で冷静ではなかったので評価を変更。

というわけで、私にとってはフィリペツのリスト=パガ超並みの嬉しい驚きであった。調べてみるとバッハ=レーガーやフランクの曲(残念ながら前奏曲、フーガと変奏曲ではないが)も出しており、試聴した限りではどれもズバリ好みの演奏で俄然興味が湧いてきた。ともあれ、ご紹介に深く感謝したい。
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