fc2ブログ

The melody at night, with you

音楽好きの世迷い言

Sisu

以前書いた記事で、発売されたCDよりもYouTubeに上がっているライヴのほうが素晴らしいと書いていたKristjan Randalu Trio & Ben Monderの「Sisu」。


私はこれが驚天動地の名曲・名演だと思っていて、それこそ何度も何度も繰り返し聴いているのだが、なんとこの曲のジャズ・オケ合奏版が昨年出ていたことに気付いた。



アルバムのトレイラー


サブスクに含まれていたのでありがたく聴いてみた。CDのほうがオイシイところで終わってしまう残念な内容と書いたけれども、このオケとの合奏版はきちんとモンダーとのライヴのようにアドリブも交えて演奏されている。が、やはりモンダーの強烈な歪みに乗せた劇的な表現には及ばない(YouTubeではベーシストの演奏もイイ味出しており、オケ版を聴くとこの低音が無いのが非常に物足りない)。それでも、CD版よりはずっと良い。


で、このアルバム、Monderも参加しているということなので期待したのだけれども、残念ながらこの曲には参加していない。3曲目の「Spielchen und Rechenschaft(feat. Ben Monder)」に参加している。この曲は腰の重いリフから始まり、抽象的で細かいキメのテーマの後、ピアノソロに続いて中盤からモンダーがソロを弾き始める。例によって彼はオケをバックにしてもいつもの歪んだギタートーンで攻めまくっていてニンマリしてしまう(録音はホールでの音響を意識したせいか、リバーブの効き具合がちょっとイマイチな感じ)。しかし、やはり「Sisu」に参加して欲しかったというのが正直なところ。他の曲はまだ聴き込んでいないが、どの曲にも北欧に抱いているイメージそのままの憂いや翳りが仄見えていて、10年以上前にジャズギター界でビックバンドが流行った??ときの雰囲気とチョット違う。


ちょっと逸れるが、ヒンデミットのピアノソナタ全集を出しているK.RandaluさんはKalle Randaluさんであり(1982年のチャイコフスキーコンクール、1位なしでドノホーとオフチニコフが2位を分け合った時の4位をドミトリー・ガイジュクと分け合っている。ちなみに単独3位が小山実稚恵さん)、彼の父親とのこと。もしや親子かと思ってWikiを見たが書いてなくて、でも顔がメチャクチャ似てるし・・・と、しつこくネットで探したらやはり親子だと出てきた。遺伝するなら望ましい才能に限る。
スポンサーサイト



雑多な話題 | コメント:0 | トラックバック:0 |

悪いことは続く

先日、時間が出来たのでメンタルクリニックに行ったら、「休職したほうがよい」と言われてしまった。



コンサータの処方から何年もお世話になって信頼している先生であるが、帰り際には「自殺しないでくださいね」とも言われたので驚いた。今回は薬が切れかけてきたのと、忙しくてイライラするし物覚えが悪くなって悩んでいるということで相談しに行ったのだが、診察で話していくうちに、過労で明らかに脳が機能低下を起こしているとのこと。鬱なら薬で治せるが、今のあなたは過労であり、過労は医療では治せないので今すぐ休めと言われたのだ。私としては上手くサボっているつもりなのだが、気楽に自分のペースでゆっくり休める日が全くなく(本当に全くない)、今年度この正月までは出勤しなくてよい日が月に2回あるかないか、という酷い状態だった。以前はパワハラという名のブラックで、現在は奴隷という名のブラックだ。先生には「古代ギリシャは奴隷のおかげで栄えたんですよ。でも奴隷も働かせすぎると動かなくなるので、ちゃんと休みを与えていたんです。でもあなたには休みがないので、奴隷以下です」とまで言われた。


以前書いたが、来年度のために、自分の専門ではない分野の新しいことと高校卒業後以来に英語を勉強している。それが、とにかく覚えられないのだ。覚えたつもりになっても、はしから忘れてしまう。英単語はどのくらいの時間で何単語覚えられるか計算し、最初の2日間でTOEICの有名な英単語帳で200単語で2時間あればおおよそ80%と覚えられる、というペースを導いて1週間で8時間費やしたのだが、2週間後にはほとんど忘れてしまっていて意味がなかった。専門的な理論の学習も同様である。全く覚えられない。


妻からは痴呆が始まっているのではないかとよく言われているし、人の顔も名前も覚えられない。先日職場で人事関係の面接があり、「彼は去年もチャレンジしてきましたよね」と同僚たちが喋っていたのだが、私1人だけが全く記憶になかった。昔は暗記が得意で、年号を覚えればよい社会はいつも良い成績だったのに、35歳を過ぎた辺りから急激に衰えた。芸能人やミュージシャンの名前が出てこないなんてしょっちゅうだが、一番困るのは職場の同僚の名前が突然欠落することである。会議で司会や座長を務める時は本当にハラハラする。落ち着けば出てくることも多いのだけれど、なんせ発達障害なのでパニックになってしまうのだ。こんなこと書いてて、ああ自分はヤバいなと思う。記憶によいというサプリはかれこれ1年以上続けて飲んでいるが、全く効いている気配がない。妻には頭を使っていないせいだと言われるが、この1カ月勉強してみても改善は見られない。


来年度は今の職場に来て以来の重要かつ繁忙なポジションになるので、本当に心配している。メンタルの先生は「その時期に破綻するのは目に見えてるので、今とにかく休みなさい」と言うわけだ。しかし、休んだからと言ってよくなるとは限らない、という。脳は急な休みには対応できず、逆にぼーっとしてしまって対応できず、余計に機能が鈍ってしまうというのだ。まさに正月がそうでした、と私が言うと(正月で勉強が完全にストップし、何のやる気も出ていない)、先生はきちんと休みに「予定」を作り、それに向けてどう休むか事前に「計画」して休むことで脳は喜びます、と仰る。なるほど、と思った。


最近は長年の服薬のせいかコンサータの効きも悪くなっており、徐々に「のび太状態」に戻っている。息子も全く同様で、そろそろ中学受験かという年頃なのでこのあいだ〇能研の無料の模試を受けさせたのだが、国語の偏差値が25と出て妻と2人でため息をついた(ちなみに算数の偏差値は55だった。一応我々は理系なので血である)。発達障害が遺伝したのは明らかであり、そんな息子が不憫でならないが、そんな私でも本が好きで国語が得意だったので息子はさらに苦労するだろう。



人生とは、なんと生きづらいのだろうか。



そんな中、ジェフ・ベックが亡くなってさらに追い打ちをかけるように落ち込んでいる。FacebookでフォローしているJonathan Kreisbergが次のようにコメントしていた。

jeffrip


確かにこの世のものとは思えないギターの操り方で、涙が出る。





雑多な話題 | コメント:0 | トラックバック:0 |

習い事としてのピアノと音楽業界

その後も隙を見てはCD・LPをユニオンに売りまくり、トータルで14万くらいになった。忙しい忙しいと言いつつも、時間を見つけてこんなことが出来るのだから、私は暇なんだと思う。



もちろん音盤を売りに出す前にやることはリッピングである。レコードをwavで取り込むのは面倒臭すぎてやらずに諦めて売っているし、サブスクで出ている盤を取り込むのは(そりゃwav形式のほうが音が良いのだけれども)手間なので止めた。そんな膨大な音盤の取り込み作業の時に、ふとそれほど多くはないSACDやDVD-audioが目についた。これらをリッピングすることは2012年10月1日の著作権法の改正によりたとえ私的利用であっても違法になった(罰則は無し。どういうことなのかよく分からない)。私が調べた限りでは、後者は海外のサイトからアプリをダウンロードすれば手軽に出来るものの(DVD-audio専用のドライブ等は不要)、前者はリッピング可能なブルーレイプレーヤーを入手してかなりテクニカルに取り組む必要があるようだ。これらの著作権法改正の経緯については先ほど紹介したページが分かりやすい。法改正された10年ほど前には、現在のサブスクのような音楽の聴取形態のあまりに急激な変容を全く予測できておらず、当時の時流から音楽(映画)業界を保護するためにやや過剰な対応を取ったのではないかと個人的には思う。



リッピングは音楽の無料コピーに繋がる可能性がある。だからこそ法で規制しているのだろう。しかし、この10年で音楽を取り巻く環境は劇的に変化した。以前セッションで一緒になった若者と話をしたところ、「CDを買ったことがない」と言っていて驚いた記憶がある。何度も書いているように、この流れは「音楽を聴くこと」のハードルを吹き飛ばし、「音楽を創ること」の参入者を劇的に増やしはした(何しろ誰もが手軽にSNS上で発表できて世界的な陽の目を浴びる機会があるのだ)。一方で「音楽で生計を立てること」を極めて困難にする可能性もある。いつか音楽という文化そのものをどこかで衰退させるのではないかという懸念を、多くの人が抱いているのではないかとも思う。サブスクの功罪は大きい。



これから音楽業界がどのように生き残っていくかなど私ごときが語れることではないのだが、そのカギは「」にあるのではないかと思う。には幾つかの意味があり、生演奏のライブだったり、生きている人間それぞれが音楽の能力を身に付けていく、ということを指す。例えば、サッカーや野球の試合は生身の人間が真剣勝負でやるからこそ、お金を払ってみんなが観に行く。一方で、音楽は身近にスマホでタダ同然にほとんど無尽蔵に聴けてしまう時代となり、明らかに有難みが減っているような気がする。だからこそこれからの時代は生演奏、ライブの醍醐味に我々は価値を見い出していけるのではないかと思うのだ。幾らハイレゾであっても、コンサートホールで聴くオーケストラが奏でる、全身に浴びるようなあの音のシャワーを体験することはできない。私の中では生ける伝説、自他ともに認めるコバイア星人であるところのクリスチャン・ヴァンデがMAGMAのライヴで一心不乱にドラムを叩きまくるのを何度でも体験したいと思う(Kohntarkosz Anteriaを渋谷で生で聴いた時はマジで泣けた)。そしてまた、AIでも機械でもなく生の人間が目の前で熱く血がたぎるような演奏を繰り広げていたら、いつかは自分もああなりたい近づきたいという欲求が芽生えるのは自然なことだろう。それは楽器を嗜もうという人々を増やす可能性がある。このように、「」を軸として音楽がそれ自身の持つ価値が高めることで、アーティストの才能や能力も評価・担保される。そしてコンサート会場やライブハウス、音大や音楽教室など、音楽を取り巻く産業が需要を獲得し続けると思うし、そうあって欲しいと願っている。



妻がピアノ教師をしていることから、これら音楽業界の行く末は我が家と無縁ではない。日本が経済的に衰退する中にあっても、お陰様なことに口コミで生徒さんが増え、家事や子供の習い事に影響の無い範囲内での自宅レッスンはもはや飽和状態に達している(※誤解のないように言っておくと、妻は某音楽教室よりも遥かに良心的な価格で細く長く運営しているので、皆様が想像するようなお金は入ってこない。ましてや、妻がピアノに投資してきた時間や金額に見合うだけのpayなど未来永劫無理である)。


うちに来ている生徒さんは、幼児時代のリトミック教室(集団指導)で音楽が好きになったので、せっかくだからピアノを習わせたいという家庭が多い。楽器としては10万円~30万円の電子ピアノを持っているという家庭がほとんどで(新たに買うという人もいる)、アップライトピアノを持っているのはごくごく少数だ(グランドピアノを持っているような「本気」のご家庭は我が家などには来ず、有名な先生のレッスンに付く)。小学校高学年になって中学受験のために塾に通い出したり、中学3年になって高校受験に備えたりするタイミングで止めていく子が多く、概ねそのスパンで生徒さんが入れ替わる。以前はPTNAから仲介の電話も来ていたが、最近はほとんどが口コミによる紹介だ。繋がりに繋がって、息子の同じクラスの女の子も、以前の同級生も、2つ隣りのお家のお子さんも、我が街自慢の食べログ高評価レストランのシェフの子どもも、うちに習いに来ている(知り合いの子どもを教えるのは気まずくて妻は避けていたのだが、知り合いが習いたいと言い出したら拒否はできない)。


私は、ピアノを習うことは「総合栄養食」のようなものだと思っている。子どもには可能な限り習わせたほうがよいとさえ思っている。例えば水泳は、健康維持のためだったり、持久力・根性を身に付けさせたり、あるいは海やプールでより楽しむために習わせたいと考える親が多いし、そのことについて誰も疑問を挟んだりしない。私はピアノを習う事についても同様の価値があると考える。ピアノを習うことで感性や集中力だけでなく、音楽という文化そのものを理解し楽しめる素養が身に付くので、文化的な習い事としては最大級に意義があるとさえ思っている。だから「水泳を習うことの当たり前さ」と同様に、ピアノを習う家庭が増えて欲しいと思う。ただ、ピアノは家の中で場所を取ったり、騒音で近所迷惑になったり、さらに安くない楽器代による初期投資やレッスン費用が長期間に渡ってかかる。このことから他の習い事よりも習うハードルが高いのは事実だが、だからこそ価値がある。知り合いの教師が、学校でピアノを弾ける生徒が少なくなっているので、ピアノが弾ける生徒が各クラスにきちんと散らばるように編成していると言っていた。妻の生徒さんでも学校の合唱コンクールなどでクラスのピアノの伴奏するのが当面の目標だという子が多い。そしてそれは生涯にわたってかけがえのない生きがいを提供する。私が通っているセッションで50~60歳の御仁が楽しそうに颯爽とピアノを弾く姿を観るにつけ、ああピアノは(そして音楽は)素晴らしいなと思う。


IMG_20230108_163152.jpg
ギターは初歩から2年も習えばセッションに行けるだろうが、ピアノは無理だろう。だからこそ幼少期に身に付けることに価値がある。


水泳や自転車の運転などと同様、時間をかけて身に付けたピアノは生涯に渡って、何歳になっても活用できる能力である。私の母親も義母も、ピアノをきちんとした音楽教室で習ったことは一度もないが、未だに独学でピアノを続けており、生涯の趣味のひとつとなっているようだ。うちの母親なぞは私に習わせてた頃の古いアップライトを売ってサイレント機能付きのグランドピアノを憧れだけで買ったし、妻の実家には音大入学まで使っていたグランドがあるので、私の自宅・実家・義実家の3軒すべてにグランドピアノがある。そのため一時期息子はどの家にもグランドがあるのが普通だと思っていた。非常によくない。にも関わらず息子は一向にピアノが上手くならないので、幾ら「完全食」な習い事のピアノとは言え、結局はやる気と向き不向きの問題が出てくるのは致し方ない(「これまで教えてきた生徒の中で一番才能がない」と妻は言う。まあ発達障害だから仕方ない面もあるのだが)。



年末のアメトーークで、「家電は買って育てるもの」と発言していた芸人さんがいた。なるほどな、と思った。攻めの製品を世に出すメーカーの心意気は買って応援するしかない。それに対して、音楽の「育て方」はきっと前述したようにレコードやCDを買うだけではないのだ。そのことに気付いて、少しだけ励まされた気がする。
コラム | コメント:0 | トラックバック:0 |

2023年最初の戯言

2023年が始まってしまった。



年末は29日まで仕事で働きづめだった。12月はこの日まで2日間しか休めず働いてクタクタだったのに、30日の日中しかのんびりできず、いつも通り31日の夜明けと共に関西の義実家へ帰省した。500kmのドライブ(なんと初のワンストップ)、到着後は義父にひたすら酒を飲まされ、義母から長男の嫁の愚痴を聞き、妻の姪と甥をあやし(息子が嫉妬するし、抱っこのし過ぎで筋肉痛になるしで参った)、ヘトヘトになって4日に東京へと戻ってきた。


なんでもいいけど、毎年毎年1月4日に大井松田~横浜町田間で事故るのはお願いだから止めてくれ。Uターンラッシュの上りで、疲れがピークのこの区間での渋滞は、ヒロノフさん的な表現で言えばラフ3の第3楽章終盤でossiaを弾かされるようなものである(もうこの喩えを知っている人は少ないことだろう)。帰宅してから気付いたのだが、ツイッターではご丁寧に動画付きで玉突き事故の様子がupされ、酷い渋滞になるぞとの注意喚起がされていた。それを見ていたのか、皆一様に事故箇所前後のパーキングで休憩をするため、延々と続くPA・SAの表示。PAの入口の長い車列に加わるよりは、次のPAが空いているのに賭けたほうが早かろうと判断したのが誤りで、結局帰りは7時間で1度しかトイレに行けなかった(渋滞はそれほどでもなかったので先には進めたが、とにかくPAに入れなかったのだ)。煽り運転厳罰化のご時世なのに、高速で走っていると20分に1台は(運転手の頭の)ネジが外れたような車が後ろからスッ飛んで来て、急な割り込みや後ろへの張り付き、危ない車線変更etc.を繰り返してあっという間に消えていく。そりゃ事故も起こすわな、という感じである。新東名の120km区間は追越車線と走行車線の速度差が特に大きく、毎度運転する度にヒヤヒヤする。


さて、年末年始に大した音盤は買えていないのだが(これは皆様に自慢できる参考にしてもらえそうな盤が無かったという意味だ)、久々にCDを買ったのが嬉しいので報告する。




まずは、私の好きなジャズ・ギタリスト、Jessi Van Rullerの参加作で知らなかったのを見つけたので買ってみた。


jessi riffs


コンセルトヘボウと言えばクラシック寄りなこのブログの読者の方にはシンフォニーと思われるかもしれないが、これはジャズのビックバンドである。ジェシはジャズ・ギタリストが軒並みビックバンドでアルバムを出していた流行り?の時期(Kurtやジョンスコなんかも出してた)に『Silk Rush』を出しているが、こちらはメインのソロイストではなく、4曲でのソロ参加となっている(余談だが私はあまり『シルク・ラッシュ』が好きではない…)。2007年のライブ録音である。アップテンポの1曲目のソロのグルーヴ感が素晴らしいが、テンポの速い曲でのジェシは手グセの分かりやすい繰り返しが多めなのでちょいと残念。


今回買ったCDではないが、似たようなアルバムが2004年に出ている。


jessicncertgebouw.jpg


こちらは2003年・2004年のライブを編集したもののようで、こちらの方がレアらしく価格も少しだけ高かった。1曲目はジェシのオリジナル「The Secret Champ」であり、演奏はやはり素晴らしい。ただし、残念なことにジェシは2曲でしかソロを取っておらず、その意味では前述の盤のほうがコスパが高い。ちなみにこちらの盤のピアノのソロをPeter Beetsが取っている。ビーツはYouTubeでカート・ローゼンウィンケルとの素晴らしいライヴ映像が上がっており、特に「Inner Urge」はそれこそモニタが擦り切れるくらい繰り返し観た。それは兎も角、このようなジェシ参加のビックバンドモノは他にもありそうなので、ユニオンで見つけたらファンとしてぼちぼち買いたい。



このブログ的には変わり種になってしまうが、cool drive makers / ゴールデン☆ベスト をget。今でこそ日本の音楽シーンにはジャズやファンク、ソウル、ブルースなど多種多様な要素を内包した実力派のバンドが様々現れているが(私がよく聴くバンドで言えばUNCHAINやNEIGHBORS COMPLAIN辺り)、ポップをダサくならないよう絶妙にブレンドし、それでいて「ロック」に昇華させていたのはこのバンドが最初ではないかと私は考えている(だからこそ、もっと売れて欲しかった…CMタイアップも結構あったのに、。。)。例えば彼らと同世代のthe band apartなんかは、よりオシャレ寄りで演奏力もあるが、ジャンルの「ごった煮感」や「大衆への訴求性」はクールドライブの方が上だった。インストゥルメンタルジャズシーンで有名になったPE'Zのメンバーが、その初期にこのクールドライブ(メーカーズ)のサポート参加をしていたと聴けば、そのクリエイティビティは窺い知れるであろう。


cooldrivemakersbest.jpg


このベスト盤は、クール・ドライブに改名してから出たベスト盤の4年後に元のバンド名であるクール・ドライブ・メーカーズ名義で出したらしく、彼らの大ファンを自称する私も気付かず10年以上過ごしていたという恥ずかしい有様である。その間に廃盤になっており、少々高かった。もちろん音源はすべて持っているのだが、リマスタリングされていると聴けば買わねばなるまい(クラシックにおけるSONYのグールド商法に近いものがある。ちなみにこの音源はサブスクには出ていない模様)。彼らの曲はスコアも買って学生時代にコピーしまくったので、懐かしくて思わず目頭が熱くなった。


読者の方で、もしも彼らに興味を持たれたら、是非 COOL DRIVE / THE COMPLETE BOX~BEST selection の方を聴いて頂き(こっちの方が入手しやすいハズ)、tr.2 WORLD WITHOUT END、tr.3 流星キセキ、tr.4 時計の針が左にまわったら、の3曲を続けて聴いてみて欲しい。これだけの名曲が3曲たて続けに並ぶアルバムは、すぐに他盤で挙げられない(この3・4曲目にはペズのメンバーも参加している)。



最後に紹介するのは、

若杉弘&NHK交響楽団 / ブルックナー交響曲全集(SACD)

である。

wakasugiburusacd.jpg

故若杉氏によるこの全集は非常に評判が良く、ずっと欲しいと狙っていた。AltusレーベルだからひょっとしたらSACDになっているかもと検索してみたらものの見事に出ており、たまたまユニオンに中古で落ちていたのをget(それでも1万円overなのでかなり迷ったが)。長時間収録できるSACDのおかげで全曲が3枚のディスクにまとまり、長尺な曲でもディスクに分かれず続けて聴けるのは大きなメリットだ。CD盤を持っていないので音質の比較はできないが、今のところ買って良かったと思える満足感には浸れている。



というわけで、今年最初の記事はジャンルごちゃ混ぜになってしまったが、ご容赦頂きたい。



今年もどうぞよろしくお願いします。
雑多な話題 | コメント:0 | トラックバック:0 |

J.S.バッハ / 6つのパルティータ

久々に買ったCDというのは高橋悠治によるバッハのパルティータ集(Denon,紙ジャケ)である。


IMG_20221228_073930.jpg


もちろん音源は20年くらい前に図書館で借りて持っていた。寒い冬になるとバッハが聴きたくなるので、久々にパルティータでも聴こうかとNMLで音源を探してみたが、意外としっくりくるのがない。そこで高橋盤を聴いていたのだが、さすがにSACD化くらいされているだろうと思い調べてみたら、SACD化どころかCDが廃盤になっていて驚いた。(NMLとYouTubeMusicを調べただけだが)サブスクにも出てないようだ。Amazonで見てみると、どうやら紙ジャケ発売時にリマスタリングされているらしい。私が持っている音源は古い物なので、音質が良くなっていることに期待してたまにはCDでも買ってみようかとユニオンで購入したわけだ。


IMG20221228074053.jpg
結構高かった…


この曲集、kyushimaさんのレビュー通りに上から聴いてみて、私の好みとしては、



高橋悠治 >>> シフ (Decca,ECM) > リュプザム > シャオ=メイ > グールド > ランジェル



という感じである。もちろん6曲それぞれ細かく聴き比べた合計点のトータルというよりは、ざっとした全体の印象に過ぎない。私はどうもRangellとあまり相性が良くないらしく、ゴルトベルクも良いとは思うのだが1stチョイスにはならない。リュプザムは聴けるのに、不思議である。私が高橋盤についてあれこれと書く必要はなく、kyushimaさんのレビューがもはや何も付け加えることがない的確さで素晴らしいので、是非読んで、そして聴いてみて頂きたい。


なお、音質についてはグッと明晰さが増して向上しているように思う。紙ジャケ盤に比べると旧盤は透き通ったガラスの美しさというよりはプラスチックに曇りが混ざったように感じるが、紙ジャケ盤を聴く限りはSACD化など不要の猛烈に素晴らしい録音に聴こえる。残響、ピアノとの距離も申し分ない。


さて、私が好きなのは第6番で、これも色々聴いたが、



高橋(71年盤) > 高橋(77年盤) >> アンデルジェフスキ、シフ(Decca)



という印象である。とにかく高橋71年盤は凛としたピアノの音色に数学の証明を読むようなカッチリクッキリとした簡明な美しさが素晴らしい演奏だ。シフは第3曲のコレンテでリズムの崩しを即興的に入れていて、それがイマイチしっくり来ないので惜しい。


IMG20221228074115.jpg
CD化されたのも随分前のことになってしまった。


NMLで幾つか聴いたところでは、野平一郎氏の演奏も良かった。私の大好きなディナースタインは第1・2番は録音しているのだが、第6番は残念ながらまだ録音していない。彼女のFacebookの投稿を見ながら、いつか出ないかなあと首を長くして待っているところである。


さて、この話題だけではちょっと短いので今回NMLを眺めて見つけた盤について少し書いてみたい。


上にも書いたアンデルジェフスキが、バッハの、それも平均律第2巻を録音していることに気付いたので聴いてみた。なぜか抜粋で第1,12,17,8,11,22,7,16,9,18,23,24番の12曲である。英語のライナーノーツも斜め読みしてみてが、理由はよく分からない(「my own subjective choosing」ということである)。最初は第1番ハ長調から始まって4度上のFmに、次はA♭からやはり4度上のD#mに進むんでるので、そう選んだのかなと安直に考えたのだが、その2曲1組の関係も7曲目E♭から8曲目Gmになるところで途切れる。(度数を数え間違っていた)。わりの2曲は第23・24番である。


さて、演奏はかなり良い。ベストであるグールドには及ばないし、以前のパルティータ集を出した頃のような節度を持った範疇での音楽的な味付けは控えめだが、なんともじんわりと温かみのある演奏がいい。バッハは高橋悠治のようなサッパリストレートが個人的には好きなのだが、至極真っ当に過ぎるとそれはそれで面白くないという難しい曲想だと思っていて、アンデルジェフスキはそのバランス感覚が良い。彼は元から指回りやテクニックで聴かせるタイプではない(と私は)思っていたが、彼は良い歳の重ね方をしていると思う。
クラシック音盤紹介 | コメント:0 | トラックバック:0 |
| ホーム |次のページ>>